正義の存在 | いつも木端微塵

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ギタリスト:テリー木端の日記。この日記は、フィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
音楽的影響:King Crimson,XTC,Japan,Joy Division,The Blue Nile,
The Smiths,Morrissey ギターは、Tokai SEBレスポール木端モデル。

正義なんてものは厳密には存在しないと
誰かが言っていたような気がする。

連日ニュースで出ている


http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/091119/crm0911192051033-n1.htm  


市橋容疑者だが。

警察や検事の取調べがこれだとすると
相当世の中も廃れている。


とっととこの事件を片づけたいということなのだろう。


しかし、刑事事件というのは
裁判が始まるとほぼ99%以上有罪であって
ニュースを見ている人もこの市橋容疑者が
100%有罪だと思って見ていると思う。


有罪が前提になっているのだ。酒井法子にしたって
そうで皆100%有罪を前提にテレビの前にかじりついている。
(執行猶予の話は置いといて)


たまたまこの弁護団はまともな対応をしている。


弁護士も基本的に依頼人の利益のために動く生き物であり
必ずしも正義のためになど動かない。


実際のところ何が正しいのかなんて判断がつかない
だけでなくて興味がないというケースさえある。


つまり依頼人が偽証したとしても
依頼人のために後押しするのが仕事である。


仮にそれが偽証とわかっていたとしてもだ。
基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする
というのは単なる建前で弁護士も仕事なのである。


裁判員制度で一般人が参加して多数決で
どのように裁くか。これもいったいどれだけ
有効なんだろうか。


というようにいろいろ分析していくと
正義など通常ないと思う。


つまりひどいことをしてくる人間とは
戦えるだけ戦うしかないということが結論なのだろう。


でも、さまざまな場面で
相互に歩み寄ったほうが絶対に得られるものは大きい。