何かに対する反発 | いつも木端微塵

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ギタリスト:テリー木端の日記。この日記は、フィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
音楽的影響:King Crimson,XTC,Japan,Joy Division,The Blue Nile,
The Smiths,Morrissey ギターは、Tokai SEBレスポール木端モデル。

http://sankei.jp.msn.com/affairs/trial/090603/trl0906031441017-n1.htm

この記事を全部読んだのだが

全体的に違和感を感じる。


父親の発言も他人事のように聞こえる。


この被告もなんだか他人事のように話している。


まるでどうでもいいというような感じで。


人を殺すのを蚊を殺すとか、ライオンがシマウマを殺すのと同じだと

例を出している。ライオンはライオンを殺さないだろう。


死刑になりたいから殺して、でも自殺するのは失敗するかもしれないし

とかわけわからないことを言っている。

これから死ぬ人間が情けないことを言うなよ。


善も悪もない、常識にみな洗脳されていて、彼らのつくった正義は死んだとか

読んでいてすべてナンセンスに思える。


家庭に対する反発なのだろうか。


無差別殺人が起きるようになって、

それは、一部の宗教やアメリカでの話じゃないのかと

思っていたが日本もそういう国になった。


死にたいから、死刑になりたくてとか、死んだほうがマシだとか。

私は嘘じゃないかなと思う。


生き物には生命本能があり、実際のところ死を恐れる。

しかし、人は自殺することも確かにできる。


でも、実は生きたいのであって

生きることができないから死にたいと思う。

これだけなんじゃないだろうか。


今までの人生、それを死にたいにただ結論付けて来ただけじゃないかと

私は思っている。これは、自分の話である。


他の人も必ずそうだと決めつけるつもりもないけど、

このほうが自分にはしっくりくる。


今も生きるためにチャンスを求めて、耐え忍び苦しんでいる。


ややもすると危険思想家のように思われるときもあって

実際のところそうでないと言うつもりもないけど、

これでも善も悪も、正義も、常識もあると思っている。


それは、期待する通りにあるとも、不動の真実としてあるとも思っていない。

ただ、唯名論的に存在する。


この事件は確実に敵意が存在したと思う。

無差別でも敵意ないなら、準備して首など切れないと思う。


人が敵意を持つ理由は、

自分の領土が侵されると思った時である。


そこを奪われると自分の存在が終わるのではないかと思う時。

一見するとすべてがなげやりに受け取れるが

実はそれが存在したのではないだろうか。


変化させられることがないように人は死ぬこともできるわけだから。