僕の人生の半分は冗談である。ブログを見ればわかるだろう。どんなに重い現実が待っていても僕はどこかで冗談の一つでも言っていたいタイプである。じゃないと人生はしんどいだけになる。あるいは、時折やってくる重い現実に押しつぶされそうになる。
きっかけはいつも軽かった。死ドニーも、富士山も、まるでじゃあ、今日飲みに行くか!というノリだった。兵頭さんも死ドニー行っているし、自分も行って見るか!という感じだった。良くそのなかみも考えず、そうこうしているうちにいく準備はなぜか整った。まるで死ドニーに手招きされているようである。運命を感じる。そう運命である。人生にはけして避けることのできない運命があるのだ。僕はそれを知っている。どんなことにでもあるわけではない、ごく限られたことに運命はある。
つまり僕にわかることは死ドニーに行こう→行く→行ったとなることだけである。
しかし、本当に行くことになるとは!!!
もちろんこうなった以上意地でも行くが、
半分冗談だったのに!!!
当然その向こうには重い現実が待っているのだ。
だからといって逃げるわけには行かない。きっかけはいつも軽かった。
でもその向こう側にはいつも重い現実があるのだ。これが僕の人生。
でも逃げたりしない。
逃げないなんて当たり前だから!