何と兵頭さんが挑戦することが怖いと書いている。
一瞬、朝鮮が怖いのかと思った。どうも違うようである。
http://hyochin.air-nifty.com/blog/2005/10/post_73bb.html
仕方ない勇気付けるためにも僕の企業秘密を伝授しよう。
僕も怖かった。
富士の写真を見てこの山を登ると決めたときである。
ろくに登山の経験もないし、サイトを検索すると初めての登山に
富士は勧めませんと書いてある。
一生懸命、高尾山登山経験者をなめるな!といきがったところで
怖いのである。未知の高さ。そこで知恵を絞り工夫したのだ。
番犬さんが、忙しそうな振りをしていたので、しかとして
「番犬さん、日本人で富士に登ったこと無いなんてあり得ないですよ」
と語りかけると、自然と登ることになった。
そのうち、あの人この人となんと他にも富士に登りたいという人が現われたのだ。
よって僕は自然と怖いと言う感情がなくなった。
とはいえ、人生はそんなに甘くなく、私が富士で凍死しかけたのは、ブログ「富士を生きる」の熱心な読者の知るところである。
犠牲がどうのこうのという発言が聞こえる最中、来年も富士に登るという
ことがどれだけ怖いことか、言い出すことがまず怖い、次に実行することが怖いのである。
よってここでまた知恵を絞り工夫した。
来年5月過ぎた頃に、
感涙富士コミュニティーのメンバーや、兵頭さん、kazuさんにオフ会温泉ツアーのお知らせが届く、うーん、みんなで温泉もいいなあと番犬さんのアルファードに乗り込む。車はどういうわけか、富士5合目に到着する。
僕は頂上を指差し、さあ、みんなで温泉に行きましょうと叫ぶのである。
我々の行く温泉は、富士山頂を経由しなくては行けない温泉である!
日本一の山、富士山頂で朝日を見てから入る温泉は神の洗礼を受けているのである。
日本の心だ。
よって、東京から直接温泉に向かう非国民が入る温泉とは違う!
場所は同じでも根本的に、本質的に全然違うのである。
我々が入るお湯は、その瞬間、金色に輝いているだろう。
兵頭さんや、kazuさんが目を輝かして頂上を目指す姿が容易に想像できる!
このようにみんなして富士に登りたいと言っている以上、怖いと言う感情は自然となくなるのである。
つまり、恐怖を克服するためには、モチベーションの高い、自分を理解してくれる仲間を持つことである。
僕は、何も言わなくても自然と富士に登ってくれる仲間がいて幸せである。
よって犠牲がどうのこうのとか言ってはならない!
その根拠の無い思い込みは良くない!!!
狭い度量ではなく、広い心を持つことだ。
そもそも富士へ登ると言う行為そのものが
日本への愛である!