逆境富士を考察する | いつも木端微塵

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ギタリスト:テリー木端の日記。この日記は、フィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
音楽的影響:King Crimson,XTC,Japan,Joy Division,The Blue Nile,
The Smiths,Morrissey ギターは、Tokai SEBレスポール木端モデル。

続々と寄せられる犠牲者たちの叫び、

犠牲者0号のnetworkerです。


今回富士の鉄拳をくらい死にかかりました。


”物事を達成する事が好きだから富士山を登ったら何か見えるかも”

に関して、犠牲者3号さんから何も見えないとコメントいただきました。

そうです。何も見えませんでした。


そしてまさしく登山とは闘いです。


頂上に登ったとき、僕らは頂上に登ったという現実があっただけでした。

霧と強風で何も見えない。


しかし、あの異空間から

都会というアスファルトの無機質な空間に戻って思うのは、

仮に、天気快晴でした。景色は美しかったです。朝日も見事で最高でした。

以上終わりというような結果を

ブログ「富士を生きる」の熱心な読者が望むだろうか?


否!


つまり、あの何も見えない試練は必要だったのだ。


必然である。


そして次の第2回「感涙富士」で前回の屈辱を晴らすのである。


映画だってかならず、トラブルや逆境を経て感動につながるのである。

名作であればあるほど逆境の度合いが強いのである。

感動が大きければ、大きいほどそこにたどり着くまでの逆境は厳しいのである。


あの苦しみの存在は次回の感動のためには必要だった。


我々、逆境富士に挑んだメンバーはその試練を引き受けなくてはならない。

我々はこれで限界だと自分で自分にキャップをしめてしまうのか?

精神力をみせなくては!スピリットが大事である。


次回は頂上で神が微笑んでくれるに違いない。


それを信じてまた闘おう!

プロの登山家であるnetworkerはこの程度でへこたれない!


行くぞーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!