兵頭さんが、
明日死ドニーへ向かう。
他にも海外遠征する人がいるらしい。
神への挑戦とは良い言葉だ、隠れている神を見つけ出して欲しい。
現世へ呼び寄せてもらいたい。神を降りて来させて欲しい。
ぜひがんばってもらいたい。
コミュニティーか、僕は好きな言葉だ。
僕自身、いつも群れから離れているような印象をもたれることが多いが
僕はコミュニティーとは希望の証だと思う。
コミュニティーそのものはたくさんあり、
偽りが多すぎるので中々信じられない。
でも本来のコミュニティーとは希望の証だ。
僕も明日闘います。死ドニーでは無いですが、
一生懸命登ります!
明日、集まる人たちへ
さて、闘いの時です。僕らの戦場へ向かいましょう。
戦場へは行かなくてはならない。
なぜなら、戦場へ1人で向かう人がそこでひとりぼっちなら
かわいそうである。
きっとあなたが来てくれたら喜ぶと思う。
だから、行ってやれ!戦場に行ってやれ!
期待を裏切るな!
僕がイギリスで朝から寒い思いをしていたとき
こう考えていた。行かなきゃ、僕がいなかったら寂しがるからと。
勝手な思い込みだ。でもいいじゃないか。
勝手な思い込みであっても。
愛情とは多かれ少なかれ勝手な思い込みなのだ。
伝わらなくても裏切られてももはやそれで良いと思っている。
そう考えると楽しかった。
上手く言えないが、闘いの場があり、追い詰められるとしても
楽しくないか?
その先にあるものが見たくないか?
僕は楽しい。
イギリスに行ったときもアイルランドに行ったときも楽しかった。
でも楽しいとは誰にも言わなかった。
秘密だった。
でも僕に楽しいと言ってきた人間がいた。
僕は何も言わなかったがその人が好きだ。