負けず嫌いについて | いつも木端微塵

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ギタリスト:テリー木端の日記。この日記は、フィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
音楽的影響:King Crimson,XTC,Japan,Joy Division,The Blue Nile,
The Smiths,Morrissey ギターは、Tokai SEBレスポール木端モデル。

http://hyochin.air-nifty.com/blog/2005/07/post_9630.html


兵頭さんのブログで、誰が一番負けず嫌いかということが
テーマになっている(笑)


foota-netさんのところでもコメントが出ていたので
僕も書いておこう。


僕は負けず嫌いだとは思う。
でも僕は実はたくさんたくさん敗北してきたのだ。


他人と比べると僕は劣っていることのほうが多いような気がする。
こう書くと嫌味かと言われそうだが、
僕の身近な連中は、僕のことを知っているから
僕は努力だけでここまで来ているのを知っていると思う。


かなり昔のことから書くことになってしまうので
あまり言及はしない。


僕は大学も行っていないし、今TOEICなど受けているが
そういうタイプの人間ではまったくなかった。


フリーターをやっていたのは就職先がなかったからだ。
勉強など全くしなかった。


たぶん、笑われると思うが、僕は就職の面接にジーパンとTシャツで行った。
その会社を受ける他の人たちはちゃんとした格好で来ていた。


面接でひどいことを言われた。でもそれ以上に僕もひどかった。


ちなみに不採用の連絡さえもらえなかった。
実はこれはとても悲しい想い出だ。


上手くいえないけど、不採用の連絡が欲しかった。


この気持ちは経験した人にしかわからないと思う。


フリーターでケンタッキーの配達をしていた頃、
僕は原チャリでBMWにぶつけてしまいクビになった。
即クビとは言われなかったがとてもいられる雰囲気じゃなかったので
辞めたというのが正確なところだが。実質クビだった。


このあたりは、僕は過去自分のサークルで部分的には書いたと思う。


これ以上に実はもっといろいろあって
ちなみに一番辛かったことは誰にも言って無いし、
どこにも書いていない。


心には鮮明に残っているが書くにかけない。


かなり悲しいことの数々があった。


公私ともに本当に辛かった。


どうしてなのだろうと考えたりもした。
なぜ?こうなるんだろうと。
自分という人間が悪いのだろうかと一生懸命考えた。


その結論は、YESでありNOであった。


僕の家は貧乏だった。
でも僕は学校に行かず、就職もせずだった。
まあ、雇ってくれるところも無いし。仕方ないと思っていた。


僕はアルバイトから社員になったが、
僕を正社員にしてくれたのは、日本人ではなくて
パキスタン人だった。僕が必死にがんばっているのを見て
認めてくれていた。


彼は僕が思うにものすごく仕事ができる。
日本に来たときはろくに言葉もしゃべれずいじめられたが
努力したし、頭も良く支店長にまでなった。
その後、アメリカ本社所属になり、中国でカントリーマネージャーにまで
なった人だ。僕は彼を認めてはいたがあまり好きじゃなかった(笑)
でも雇ってもらえたのだから今でも感謝している。


常識はずれの僕に社会常識を多少なりとも身につけさせてくれたのは、
ある商社から出向していた副社長Nさんだった。
何度怒られたかわからない。


「U、それがお前の限界だな!」と言われた。
僕は、「すみません」と謝っていた。


毎朝、帳票を副社長の元に届けるのは僕の仕事の1つだった。
副社長が僕の直属の上司だった。


毎朝僕は、Nさんに仕事の進捗、何をどうしたか、そして何故そうしたのか
説明しなくてはならなかった。


理にかなってないことや、間違ったことはそこで訂正された。


Nさんは、僕の意見や考えも聞こうとした。
なるべく僕に説明させようとしていた。
そして僕に考える力をつけさせようとしていたのだと思う。


今でも僕は、Nさんに感謝しているし、頭が上がらない。


報連相が大事と言うが、はっきり言って通常新入社員が
会社に入ってやるどこのものじゃないくらい
きっちりやらされた。帳票を毎朝、副社長室に届けるときにだ。


僕の仕事のスタイルは最初の会社で本当に確立された。
自分がこの人たちできると思える人たちのやり方を叩き込まれているのだ。


いまだに今の会社の上司とか見ても最初の会社の上司と比較して
絶対にこの人は、Nさんより下だと思っている。


ものすごい差があると思っている。たぶん受けてきた教育が違う。


だから、僕は中々尊敬できる上司には会えない。


なぜなら、はじめに教わった人たちのレベルが高いからだ。
それでもNさんは、自分の出向元に戻れば課長代理だった。


Nさんは中途でその商社に入社した。その会社はIT業界見たく
ヤクザではないので中途ではいると当然プロパーの人たちのほうが
給与が高い。よって自分の給与をあげるのに相当努力した人だ。


僕は、社会に出る前、何事に対しても努力できない人間で
努力せず、物事を知ったように馬鹿にしていた。


でもあの頃、今のように努力していたら僕は行き詰っていたと思う。


今、いろいろなことがわかっている状態だから努力の
モチベーションが沸くのだと思う。


そして僕は強がっている人間である。感情が怒りっぽいというのもある。
激情的な人間である。


でも、僕はやっぱり弱い人間なのだ。
本当に弱い人間だと思う。ちょっとしたことで感情が激しく動き
傷ついたり、困惑したりする。嫉妬深いというのもあると思う。


でもこういう感情を一生懸命コントロールしている。


兵頭さんの文章でものすごく共感して完全に同意見なのは、

>私は臆病なのかもしれない。一度でも諦めることが怖いのである。
>ここで諦めたら次も諦めるかもしれない。本当は弱いヤツなのである。
>だから最後までやる。


この部分だ。

僕も逃げたくない。逃げたらまた逃げるような気がする。


僕は努力したものに対しては自信があり、時にそれは過剰な自信である。
反面、ものすごく自分に自信がなくて自分と言う人間には価値は無いのではないか
と思っている。それは上記のような経験からそうなるのである。


その2つが同居している。


そしてそろそろ結論を言おう、
僕は負けず嫌いだ、でもそれは、他人にではない。


自分に負けたくないのだ!


自分というこのどうしようもない存在を見捨てたくない。


自分で自分を見捨てたら、自分がかわいそうだ。


だから、どんな人間からNOと突きつけられて
クビになり、裏切られようとも僕は僕を見捨てない。


そういう意味では僕は負けず嫌いであり、誰にもそれは負けないだろう。


そして僕はもうすでに一番である。
なぜなら、僕だけの戦場をこれだけ潜り抜けていて
他にそんな人間は地球上に1人もいないと確信している。


もしいるなら、僕はきっとその人とは友達になれる。
僕は確信している。


だってそんなあなたはきっとこういう心の傷みや

それを克服することの大切さや勇気を知っているのだから。