テーマは? | いつも木端微塵

いつも木端微塵

ギタリスト:テリー木端の日記。この日記は、フィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
音楽的影響:King Crimson,XTC,Japan,Joy Division,The Blue Nile,
The Smiths,Morrissey ギターは、Tokai SEBレスポール木端モデル。

今さっきまで10年以上の付き合いになる友人と話した。
僕が自分のことを本音で話せるやつだ。

僕が海外まで行ってモリッシーを見て音源を録音すると
彼はミュージシャンでスタジオもやっているのでデータに変換してくれる。

自分のことや、元上司のOさんのことを話すことになった。
実はOさんは、今地方にいるのだが、そこへ来ないかと
僕は言われている。北の寒い場所だ。僕にはあっているかも。

それはともかく
こんな話をした。

自分「性善説、性悪説というのがあるよね。
どちらが正しいかは別として、僕は自分のアプローチを見ると
性悪説なんだと思う。僕自身は性善説が真実だと言ってきた。
でも僕のアプローチはあきらかに人を疑ってかかっている。」

友人「自分の彼女なんかも言うんだけど、自分は性悪説だって
東京で厳しい芸能人の環境で育って周りを蹴落とさなくちゃいけなかったし
いつまわりから裏切られるかを気にしなくてはいけなくて
とにかくまわりを信じることができない。

でも、それは人を信じたいことの裏返しであり、
今までさんざん裏切られてきたからそうなったんだって
言ってた。」

自分「僕は人を信じるかどうかにどのくらいのリスクがあるか
計算しているその時点で性悪説のアプローチをとっているってことだと思う。
全く別の世界にいる人から見たら、何でそんな風に考えるの?
誰もそんなこと言ってないじゃないと僕のアプローチをまっこうから
否定することだってあるだろうし、むしろそれは自然だといえることがある。
つまりそれだけひどいこと言ってくる人間が多かった。
相手の出方にどう対応するか悩むことも多かった。」

「でも僕は、Oさんを見てちょっと考え方を変えた。
あの人と出会った事で僕自身が完全に変わったということはできないが、
違う考え方に目を向けるようになった。」

Oさんは僕に、「人は性善説に立たなくてはいけない。どんなに相手が駄目だと思っても
すぐ切って良い人を入れるとかコントロールすることは中々難しい。
だからとりあえず信じてチャンスをあたえなくちゃいけない。」
というように言った。

まさしくそうだと思った。
切ってもじゃあ、すぐ良い人が来るのか?
たしかに難しい。

僕は信じる際に、相手が自分を裏切らないかどうか?
どのくらいリスクがあるか無意識にも考えてしまう。
これは、もはや性悪説だ。

自分が痛みを受けるのを怖がっているからだ。
これはこれで仕方ないともいえる。良し悪しではない。

しかし、その計算は本当に正しいのか?
また、その計算から自分が望むような
現実的結果を導き出せるのか?

僕は限界があると思っている。

しかし、Oさんはもっと強い人だ。
自分を相手がそこまでして傷つけ裏切りたいっていうなら
仕方ないよねって感じの人である。
そうなる可能性や現実を受け止める人だ。

すごい度胸だ。

実際そうなったらそうなったで
「U、こんなことなっちゃってさあ、すごく大変なんだよ。
困ってんだよ」とか僕に言ってきそうな人だ。

基本的にさびしがり屋だ。

僕はこの人が好きで、名古屋の友人にも
「僕は、Oさん大好きだから」っていうと

「わかってます!!」と言われている。
つまり何度も言っていて、言いすぎだから。

僕はこの寛容なOさんも娘さんに何か危害がある場合
ぶちきれるだろうなと思っている。
この人の寛容さは、絶対に譲れない大事なものがすでにあるからであって
だからそれ以外のものに関して寛容になれるんじゃないだろうかと
最近思い始めている。

こんな例と同じにしちゃいけないかもしれないが、
僕はモリッシーのコンサートに関しては絶対に譲れない。
人から何を言われようともである。罵られても譲れない。
でも他のアーティストのコンサートに関しては寛容である。
どうぞ前に行ってくださいって感じである。

上手くいえないけど今年のテーマだ。
そして僕はやっぱりOさんが好きだ。