The Loneliness of the Long Distance Runner | いつも木端微塵

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ギタリスト:テリー木端の日記。この日記は、フィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
音楽的影響:King Crimson,XTC,Japan,Joy Division,The Blue Nile,
The Smiths,Morrissey ギターは、Tokai SEBレスポール木端モデル。

自分が集中しているとき、邪魔されたくない
多かれ少なかれ忙しい人はそう思う。

僕はまさにその典型で
精神的なプレッシャーから、現実目の前にある壁まで
自分の負担になるような対象は何とか解決したいと
激しく思う。

自由を愛しているからだろう。

ガンガン攻勢で攻めて行き
玉砕するときは玉砕する。

僕は真剣だから、僕の周りにいる人は
ある種それにあわせないとまずいのだろうかと
錯覚したりするケースがあるらしい。

そんなことはない。

ただ、僕は僕自身が安心してないから
人を不安にさせてしまうのだと良く思っている。
ずっと前からそう思っている。

走る人間もいれば走らない人間もいる。
僕は走らない人間といっしょにいることがない。
なぜなら僕は走らなくてはならないからである。

走ると言って、走るのである。

友人から走らない人といっしょにいたらどうですか?
と言われた。

走らない人のことを僕はどうでもいいと思っているから
走らない人は僕に対して不安なのである。
彼らが不安でないなら僕に対して自分も走るなんていう
嘘を言わなくなるだろう。
だって言う必要も無いから。

そして走らない言い訳をする必要も無いだろう。
走らない自分を僕に説明する必要も無い。
走る僕を攻撃する必要も無い。

しかし、これは極端な感情だ。

言い訳や能書きをたれるということは
実際自分を擁護したいのである。論理で武装して。
それっていうのは実は自信がない現われだ。
嘘をつくこともそうだ。相手に対して自信がないのである。

もし自分に自信があり迷いが無く、真実ならそんな必要は無い。

しかし、そんな風に相手に感じさせている僕は問題だと
認めざるを得ない。どうしたものやら。

根本的な問題は僕は苛立ち、どうでもいいよそんなことはと
激しく思うところだ。
そして走ることを全くやめようとしないからだろう。

結論から言って、僕は僕の道を今進まなくてはならない。
あなたにもあなたの道があるだろう。
だからがんばってくれ!
僕もがんばる!

以上終わりなのだが、

これは、正直ベースで言うと相手の道なんて僕にはどうでもいいのである。
これがあまりに極端で、
やる気をなくす時の自分もまた極端である。

だから、欠点なのだと思う。

僕の願いは1つで走らないなら走る人に道をあけてくれ。
僕だったらそうする。

そして、かつて僕は走り、今僕が走るとしても、将来走れなくなるだろう。
その時、僕はきっと走る人を応援すると思う。

そうであってくれ!

僕は、自分で自分を変えようにも変えれない。
僕が安心しなくてはいけない。
でも僕は不安の塊である。
心の安心が必要だ。

僕が走るのは不安だからだ。走らないと不安なのだ。