キラァズはなんというかあっさりした
ライブだった。観客は8割ぐらいの入りだった。
いいライブだった。
かなこさんを探したがライブのときはどこにいるかわからない。
終わった後、かなこさんを探して発見。
いろいろ話した。
夏にトルコに行くといってた。
ヨーロッパを旅してまわった人の意見を聞くと
トルコが一番良いと聞いたらしい。
僕は今年どこに行くんだろう?
かなこさんのバイトの話になって
PCのインストールをやっていたという話題になった。
IT系、辛いでしょうって僕は言った。
僕ももう辞めようかな。飽きたとかいうと。
あれだけ努力して免許もとったのにとかなこさんが言うので
がんばらなくちゃなと思った。
がんばってて、いつでも余裕があるんじゃないかとか
人からは見られるけど、僕はこれでも精一杯だった。
これでも限界だった。強がっているだけだ。
仕事もプライベートも僕は、自分ができないことに
したことないことにかなり挑んだ。
そして僕がしたような努力をまわりはしないだろうなとよく思う。
達成した人間は、他の人間が達成するかどうかはけっこうわかる。
乗り越えた人間は、他の人が乗り越えるかどうかけっこうわかる。
技術教育なんてやってるとかなりわかってしまう。
きつい言い方をすると、お前がそれだけ努力しないことも
結果が出せないこともはじめからわかってるよ。
って思うことがある。
しかし、教育とは教え育てるわけだから
発展してもらいたいし、変化してもらいたい。
僕の授業を受けて受ける前と何も変わらないならそれは何の意味がある?
でも自分がやるようなことを他の人がやるかというと、
みんながやるわけじゃない。
実はそれはわかりきっていて、自分だってかなり綱渡りである。
それをしたい!
好きだ!
これが嘘だとは言わない。
でもそれにもいろいろある。
僕は経験から言える。本当に必要で好きだったら
たぶん、人が何も言わなくてもすごいことをやる。
他の人が想像できないようなやりかたで。
なんというか想いが強ければ強いほどそういうアクションがあるという
ことだ。つまりそれだけのことをやる。
そうでないなら、それほどでもない。
僕は必要だから努力する。
でも何故必要と感じるのか?
考えてみよう。