乙女の国 | いつも木端微塵

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ギタリスト:テリー木端の日記。この日記は、フィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
音楽的影響:King Crimson,XTC,Japan,Joy Division,The Blue Nile,
The Smiths,Morrissey ギターは、Tokai SEBレスポール木端モデル。

日曜はお芝居の感想を書こうかと思ったのだが
めちゃくちゃ疲れてしまい。
帰ったら即眠る。。。。。

お芝居を見ているときもかなり疲れてたが、
見終わってから真弓ちゃんと何時間か話しこんでしまい
これがさらに僕をフラフラにする。

実は、僕は彼女と誕生日も血液型も同じなのである。
彼女は年齢だけが1つ上だが。
つまり言っていることが良くわかるのである。
行動原理が似ている。

過去の悩みとか問題とかトラウマについてだとか
いろいろな話になるのだが。

僕は一貫して、

実は僕はこういうことで悩み、苦しみ
その結果、こう考えて

→こういうことをした。そしてその結果
こういうことになり。

→こう感じた。ああ感じた。

→そして、またこう悩み、苦しみ。。。。

ライフサイクルで話すことになる。

悩み→実行→結果である。
だから、ものすごく自分で言うのもなんだが説得力があると思っている。
格好つけてないし。
なぜならそれが僕の現実だからという論法だからである。

よって話はどんどん進み深く、本質的な部分へと行くことになる。
これが自分の良いところであると同時に悲しい部分でもある。
欠点そのものでもあるかも知れない。

お芝居は、乙女の国といってテーマはアダルトチルドレンである。
30代になっても過去子供時代の特異な環境。
トラウマにより大人になってもその後遺症の中にいる。
いわゆる変わった人たちである。もちろん変わってない人なんていない。
それはここの議論の本質ではない。

コンプレックスがテーマになっている。
30代で独身で部屋に閉じこもりリカちゃんのような格好をして
お菓子に埋もれてすごす女性。
そこに似たようで全く違う問題を背負った同じくらいの
年代の女性が集い。自らのトラウマと闘うのである。

お芝居に関わるその本質的なトラウマについて
話したときが一番重く。僕はモリッシーに関わる経験まで
話さざるを得なくなった。

でもそしたら最後は真弓ちゃんはわかってくれた。
僕も僕なり自分の中にある精一杯のものでたどり着いた境地がある。
それが良いか悪いかではなくて現実である。

僕は、最後こういう結論を言った。

もし、自分が誠実さを持っていて、強い愛情と
嘘のないまっすぐな気持ちでそれに接して
限界を超えて、自分が崩壊して
そんな状態にまでなってそれを相手が理解してくれないなら。

それは愛じゃないと。

自分を責めたから何になる。もう自分の中にもっているものでは
対応できないからそうなる。
安全な場所で、のほほんとしているわけでもない。
口先だけの客観論を言っているわけでもない。
命がけなのである。

自分が他人に向ける鋭い刃であなたは自分自身さえも
切りつけた。

だったらそれを理解してあげないのが悪いとは言わないまでも、

理解してもらえないなら救いはない。
エンディングはやってこないのである。

泥をかぶり、石を投げつけられ、迫害されようとも
人生とは、自分が誰かの救世主になるためにある。

僕がいえるのはこれだけ。これですべて。

何でもお芝居は月、火とガラガラとのこと、
もう一度見に行ってあげるかな。。。。

今日時間調整してみよう。