昨日は近くの蓮の写真を撮りに行きましたが、はて、蓮の花は開くときに「ぽん」と音がする、ということを思い出して、何とか音を聞きたくて今日は早起きしたのです。
…でも、残念ながら蓮の花はだいたい開ききっていました。種類によって、夜に開いたり、早朝だったりといろいろあるらしいですが、この蓮は、夜に開くタイプのようです。
それでも、昨日見た蓮と、今日の蓮はまた違ったおもむきを見せてくれました。きれいな花であることは言うまでもありませんが、やっぱり仏様の花、という感じがします。
そして、開いた花はもちろんいいのですが、つぼみもまた、仏様って感じがしていいですね。夕方、また同じ場所の蓮を見にいったら、ほとんどが花が閉じた状態になっていました。夕方になると花は閉じるんですね。これもまた発見でした。ここの蓮は、何時ころに花開くのでしょうか。
そして、じっくりと蓮の葉っぱや茎を見ていると、あちこちに「ヤゴ(トンボの幼虫)」がいました。これからトンボに変身していく前の状態です。よく見ると、羽が少し形になっていました。どのくらいの時間をかけてトンボになるのでしょう。明日にはなっているのでしょうか。
こんな観察をしているうちに、レイチェル・カーソンの「センス・オブ・ワンダー」を思い出しました。子ども時代に、「センス・オブ・ワンダー=神秘さや不思議さに目を見はる感性」を授けましょう、というメッセージを込めた名著です。
幸い、おそらく私のように田舎に生まれ育った人間は、こんな風な、何らかの感性を子ども時代に授かっているのではないでしょうか。川で遊んだこと、クワガタやカブトムシを採りにいったこと、田んぼやプールでミズカマキリやゲンゴロウを捕まえたこと…などなどの体験を通して、無意識のうちに驚きや不思議なことを体感しているのだと思います。
これらの感受性は、残念ながら大人になるにつれて少しずつ失われていってしまうけど、一度得た感受性は、いつか人工的なものへの中毒に対する解毒剤になってくれる、ともレイチェルカーソンは書いています。
「センス・オブ・ワンダー」を多くの人が授かって、できるだけ失わないようにして、失いそうな人に対しては呼び起こしてやることができれば、現代におこる様々な悲しい事件を未然に防ぐことが少しでもできるのではないか。そんな風に思いました。







