雪里とおかまち から Sence of Wonder <from snow country TOKAMACHI city> -13ページ目

雪里とおかまち から Sence of Wonder <from snow country TOKAMACHI city>

雪里十日町市から、ちょっとした感動や気づきを綴ります

妻有地域では稲刈り時期のピークが過ぎ、深まる秋へと進みつつあります。

今年は不順な天候もあり、田んぼの稲が倒れているところが多く、稲刈りには苦労の多い年となりました。


今回は大地の芸術祭の作品が展示されたブナ林の画像をつけてみました。

この妻有地域には、すばらしいブナ林が大小たくさんあります。ブナ林は私たちに癒しを与えてくれる場であり、また貴重な観光資源でもあります。全国各地から数多くのカメラマンが訪れるブナ林もあります。

今回添付した画像にあるブナ林は、どちらかといえば、地域内ではあまり知られていない林の一つでありました。

ブナに幾つものブランコをつるした作品です。ゆらゆらと私も乗って揺られてきました。いつものブナ林とは違った楽しみ方を味わいました。


from 雪国とおかまち with LOVE &amp; PEACE-ブナ林

もう一つ、同じブナ林の画像を添付してみました。これは大地の芸術祭の期間ではない時に、犬の散歩に行ったときに撮ったものです。作品のブランコはありません。

やや曇り空だったのですが、しばらく待っているうちに、ブナの木々の間から光が降り注ぎ、地面の葉っぱの上にスポットライトがいくつもあたっているような雰囲気になりました。とても幻想的な時でした。

こんな風にブナ林はいろいろな楽しみを与えてくれます…



from 雪国とおかまち with LOVE &amp; PEACE-ブナ林とハル





from 雪国とおかまち with LOVE &amp; PEACE-作品2 from 雪国とおかまち with LOVE &amp; PEACE-作品1

越後妻有での3年に一度のアートの祭典「大地の芸術祭」が終わって10日が過ぎました。まちはすっかり秋もようで、稲刈り真っ盛りの時期となっています。

地元の人間として、できるだけ多く作品鑑賞に回りましたし、自宅の近くに展示された作品制作にも少しお手伝いをしました。

4回目を迎えた芸術祭ですが、ようやく、というか、地元にも関わってくれる人がだいぶ増えたように思います。これは、多分にプロデュースする側の意図が反映された結果だと思うのですが、作家と地元住民との「協働」を多く取り入れたのがよかったのでしょう。(こんなに手伝いが必要なのに、これで作家の作品といえるのか、という声もありましたが…)

一つの芸術祭が終わるたびに思うのですが、さて、次回はどうなるか(どうするか)、です。

この妻有地域に、新しい試みとして始めたイベントとしては、これほど全国(世界)に発信できたものはなかったといえます。(「とおかまち雪まつり」は伝統的に定着した恒例のイベントなので、それは除いてという意味で。」

この一大イベントを、今後どう生かすか。この田舎町に、全国各地からこれだけ若者が集まるきっかけは、なかなか作ることはできないことは確かです。

この地を訪れた若者が、大地の芸術祭がなければこの地を知る由もなかった若者たちが、少しでも続けてこの地のことを思い出し、単なる観光地としてではなく、気になる地域として末永く覚えておいてもらいたいと思います。

そのためには、地元に住む私たちが彼らをつなぐ「何か」を発信し続け、行動していくことが求められるのですが…

それを今後、少しずつ考えていきたいと思っています。




「トキ」がわが町に訪問してきてから、数日が経ちました。

今年はとにかく雪が少ない冬であり、そのために田んぼやため池などにも雪が積もっていません。

だから餌が確保しやすく、しばらくトキは居座っているようです。

週末になると、トキを一目見ようと多くの人が集まってきます。

私はまだ残念ながら自分の目では見ていませんが、何となく息がつまるような報道ばかりの毎日の中で、ちょっとホッとするようなニュースであり、気持ちがやすらぐものです。


明日から、冬季の国体スキー大会がこの十日町でも開催されます。

新潟国体のマスコットは「トッキッキ」といい、トキをモチーフにしたものですが、本物のトキが訪れている今、まさに国体競技が始まろうとしています。

そして、雪が少なくてスキー会場も不安の毎日だったのですが、今日になって、ようやく雪が降り積もってきました。雪まつりも近いし、もう少し降ってくれるといいなと思っていたこの頃でした。

「トキ」が雪を運んできてくれたようです。



from 雪国とおかまち with LOVE & PEACE-トキ

今年は本当に雪が降りません

先日、東京の葛飾区の子どもたちとの交流会が行われたのですが、その時はまだ雪が今よりありました。

スキー場でも何とかゲレンデ全体ですべることができたのですが。

雪まつりや冬季国体のスキー大会を間近にひかえて、まさかこんなに小雪になるとは…

昔にくらべると確かに雪は少なくなっているようです。暖冬続きと言えるでしょう。世間では温暖化が言われていますし。それにしても少ない雪です。

そんな時、佐渡から渡ってきた「トキ」が、この十日町にもやって来ました。鳥だから飛んでくることはあるのだろうなあとは思っていましたが、自分のまちへ来るとは思っていませんでした。今、市内はちょっとした「トキ」騒動でにぎわっています。

雪は少ないとはいえ、この冬時期にエサはちゃんと食べられるのかなあ、カラスやタヌキなんかに襲われないだろうか、などど少し心配になりますね。この町からいなくなってしまってもいいけれど、長生きしてもらいたいものです。


雪は少ないけど、皆さん、十日町の雪まつり、そしてクロスカントリースキーの国体会場へ、是非足を運んでみてください。

 冬休みが終わり、仕事が始まりました。曜日のせいもありましたが、今年は結構長い冬休みがとれて、のんびりしたなあという感じがします。体の疲れもだいぶ取れたような気がします。(でも、休み疲れ?かもしれない…)

 豊富も新たに、また一歩一歩、仕事に取り組んで生きたいと思いました。昨今のような厳しい就労状況の中で、改めて働くことができ、なんとか暮らしていけることに感謝しながら。


 私が好きな、尊敬するミュージシャンに、長渕剛さんがいます。私が10代の頃からずっと、レコードを聞き、ライブにはまり、彼の歌に励まされながらここまで生きてきた、と言っても過言ではありません。それほど私のこれまでの人生に、大きな影響を与えてくれたミュージシャンです。

 テレビなどのメディアで見聞きするしか興味のない方は、おそらく彼の本来の姿(生き様)を知ることができないでいると思います。私の「長渕剛への思い」を語ると、止まらなくなってしまうので、説明はやめておきますが…


 なぜ、長渕剛さんのことを引き合いに出したかというと、彼は常に、若者に向けた思いを唄にしているからです。そして、その唄に励まされた若者の多くが、挫折や深い悲しみから立ち上がって、日々を過ごしているからです。

私もその一人といえます。彼は楽曲やライブでの語りなどで、常に「自分の中の10代を忘れずに、生きようぜ」とメッセージを送っています。

 その意味は、なんとなくわかるでしょうか?きれい事で「いつまでも汚れなく、少年のように生きていきましょう」というような、浅い?意味とは違います。

 「お前だって、10代の頃は夢があっただろう?その夢に向かって、叶うかどうかは別として、何か、がむしゃらになろうと思ったことがあるだろう?思うようにいかず、苦しくて、もどかしくて、泣きじゃくったことがあるだろう?…」というような、大人になりたいけどなりきれず、でも何かやってみようと思う気持ち。そんな気持ちを大切に生きていこう、というような意味に、私は受け取っています。


 今の若者には、お手本となるような「カッコイイ大人」が身近にいない、といわれます。正直、私もそんな「カッコイイ大人」にはとうてい及ばない大人です。仕事に疲れ、家庭のことには思いをはせる余裕がなく、悶々としながら、不安な日々を過ごしている…。そんなイメージの大人が世の中にはたくさんいる、ように若者には見えているのでしょうか。

 さらに昨今の不況が、「カッコイイ大人」を生み出す機会を逃している、ということもあるかもしれません。団塊の世代の人たちの中には、結構楽しく、第2の人生を謳歌している方もいるようですけど。それは、自分たちの楽しみにやっていることであって、若者たちに向けて、「さあ、俺たちだってここまでやれるんだぜ」というメッセージを発しているかといえば、少し違うように思います。


 長渕剛さんは、ちょうど私の10歳年上で、現在52歳です(というと私の歳がバレます)。それにしても、あのエネルギーは凄い!!!。ライブでは、すさまじいパワーを発揮しています。そのパワーの源は、20年にもわたる、日々の過酷なトレーニングと節制といった、本人の地道な努力の賜物なのです。

 ライブにいくたびに、衰える自分の体力と、さらにパワーアップする彼のエネルギーの差が、どんどん広がっていくのを感じます。(悲しいけど)

 

 とうてい、彼のような生き方はできないな、とは思っています。しかし、彼のような生き方を、少しでもいいから目指して、自分なりに行動していくことはできるはずです。

 昨日、NHKの「課外授業へ ようこそ先輩」という番組の、新春特別番に彼が出演していました。彼の唄は、世代を超えて、今の10代にも伝わっていました。彼の唄を聞いて、10代の若者たちが泣くのです。(ライブではそういう光景はあたりまえですが。私も泣きます。)

 生徒が泣く姿を見て、彼は言いました。「ああ、またあいつ(=10代)らに教えられたな…」。これまで前人未踏といえる数々の音楽の偉業を成し遂げてきた、長渕剛という偉大な人物でも、やはり、ここ(10代)に戻るのです。純粋で、でも悶々として、何かやりたいけどうまく表現できなくて、がむしゃらで…。そんな世代に彼は感化されるのです。


 世の中の大人たちへ。そんな、10代に感動してもらえるような、少しはイイとこ、見せようじゃありませんか。見た目や表向きは「カッコわるく」ても、深いところで輝いて見える大人。若者たちの見る目は、表向きじゃなく、本当の姿には、必ず反応してくれるはず。