明け方まで番組をやっていた・・・
なんて習慣があった頃からもう2年近く経つんだなぁ~
なんて考えていると、
すっかり朝の時間の使い方がいかに大切かということがわかってきたりする。
それはそれで人生にとっては素晴らしいことなんだけれど、
やっぱり朝より深夜の方が刺激があるものが多すぎる。
そんな中で、
まったく深夜に刺激が無くなってしまった昨今、
その分朝に刺激を変換するならば、
時差を利用した海外へ目を向けるということに限る・・・

そこで今朝もいろんな情報を吸収させてもらっているのです。

そこで、チュニジア、エジプト、シリア・・・
どんどんアフリカ北部や中東から新しい陽が眩しく見える中。
ちょっと気になっていたレバノン(Lebanon)がなにやら面白いらしい。

首都のベイルート(Beirut)では、ナイトクラブがものすごい盛り上がりだと、
CNNがリポートしていた。

ベイルートは人口180万人のレバノン最大の都市にして首都。
ただ、このベイルート。

ワタシの世代はどうしても、紛争動乱の街というイメージを切り離すことができない。

1975年にキリスト教会にいた人々をたまたまバスでその前を通ったPLO支持者が発砲したことをきっかけに銃撃戦が始まり、
また南部では、スンニ派の漁民がマロン派の水産会社と漁業権でもめて動乱となり、
レバノンは軍隊を出して応戦ところが軍のヘリが撃ち落とされるなど大騒動になり、
そんなことがあっちこっちで起きて、ついに内戦となったわけです。

その結果、ベイルートは、
イスラム教徒とパレスチナ難民の西ベイルートと
マロン派の東ベイルートに分かれ、
その境界線はグリーンライン、いわれる分離帯、危険地帯といわれるようになりました。

それからは、残虐行為がいたるところで行われ、
特に外国人観光客や外交官の誘拐が頻繁に行われたのです。
当時の新聞で、とにかく日本人も含め、誘拐の文字が飛び込んできましたもん。

それからお隣の国シリア軍の侵攻や、
またイスラエル軍の侵攻、そしてさらに2000年代に入ってさらに再侵攻と・・・
そんな暗いイメージばかりだったんですが、

こういった国の事情が、
若者特にビジネスをしようと発展的に考える人々に力を与えているようです。

つまりベイルートは、今
音楽や芸術、そういった新しいものが、
ナイトクラブからどんどん生まれているようですね。

"Pier7"という大バコのナイトクラブは、
本当にキラキラした空間とおしゃれをつくして最高にこの時間を楽しもうという若い男女で溢れ返っています。
そこには、美味しいお酒と、最高にいかした音楽が流れ、
エキサイティングが照明がさらに気持ちを高揚させます。

そんな場所を聞きつけて、ビッグネームも来店し、ライヴを行います。
この日はKeshaが盛り上げていました。

こんなに盛り上がることには理由があります。
それは・・・
内戦が続く、実に不安な国の事情から、
彼らは幼いころから、わからない未来に希望を持つよりは、大切な今日を一生懸命生きよう!
ということで、その日を楽しむことが、とにかく重要なのだということを理解していたようです。

ワタシたち日本人は、
どこか未来というか、先の安定だったり可能性を夢や希望といって語ることが多いけれど、
本当に大切なことは、今をしっかり生きる。
それをコツコツ続けることの積み重ねが大切なのでしょうね。

そういうことになれば、
今日を充実して生きるためにと、お金も使うだろうし、
未来への不安より、今の安心のために・・・となれば経済もなんとなく潤うような気もします。

今日を一生懸命生きよう!
説得力のあるベイルートの若者から学んだとても重要な人生観です。