エジプトのデモによる暴動そして政変は全土に拡がり、さらにアラブ諸国に飛び火してたいへんな革命状態になっていますが・・・
そもそものこの原因は何だったか?みなさん記憶に残っていますか?
それは、チュニジアのシディブジドに住む26歳の青年ムハンマド・ブアジジさんの抗議の焼身自殺だったんです。
家族によると、ムハンマドさんは死別した父に代わって一家9人の生活を支えるため、野菜や果物を道端で売っていたんですが、
昨年12月17日、無許可販売を理由に摘発されました。
この際、市の女性職員に顔面を平手打ちされるなど屈辱的な扱いを受けたことなど、当局に苦情を訴えようとしたが聞き入れられず、市役所前で抗議の焼身自殺を図ったのです。
この事件で、高失業率や大統領周辺の腐敗に高まっていた住民の怒りが爆発!
暴動が発生し、治安部隊との衝突が始まったのです。
チュニジア国内メディアは当初無視しましたが、インターネットなどで情報が広がり、反政府デモは全国に飛び火。
1月4日にムハンマドさんが死亡するとさらに激化。
ベンアリ大統領は14日、サウジアラビアへの亡命に追い込まれました。
ムハンマド・ブアジジさんは大学でコンピューターを学ぶのが夢だったそうです。
生活に追われて実現はままならなかったようで、収入は1日7ディナール(約400円)程度。
ムハンマドさんは、農作業に従事する母マノビアさんが仕事のつらさを訴えると「もっと稼ぐから、お母さんは休んで」と思いやったそうです。
そのマノビアさんは、「息子の死が無駄にならないよう、過去と決別して」と訴えています。
現在、独裁者は去りましたが、旧政権の閣僚が未だ多数が残留。
体制刷新を求めるデモが全国で続いています。
革命の発火点となったムハンマドさんの故郷シディブジドでは、死者を悼んで国旗が半旗で掲げられ、住民が「与党は去れ」との叫びを強めていたそうです。
シディブジドは首都チュニスの南方約260㎞で、住民によると人口約4万人。農業が主要産業の「政府から見捨てられた町。
ベンアリ前大統領の就任日にちなんで「11月7日広場」と名付けられていた中央広場は今、ムハンマドさんの勇気ある抗議を讃えて「ムハンマド・ブアジジ広場」と呼ばれています。
こういった発端を知った上で、みんなで、アラブ諸国のデモ暴動について考えましょう。
そもそものこの原因は何だったか?みなさん記憶に残っていますか?
それは、チュニジアのシディブジドに住む26歳の青年ムハンマド・ブアジジさんの抗議の焼身自殺だったんです。
家族によると、ムハンマドさんは死別した父に代わって一家9人の生活を支えるため、野菜や果物を道端で売っていたんですが、
昨年12月17日、無許可販売を理由に摘発されました。
この際、市の女性職員に顔面を平手打ちされるなど屈辱的な扱いを受けたことなど、当局に苦情を訴えようとしたが聞き入れられず、市役所前で抗議の焼身自殺を図ったのです。
この事件で、高失業率や大統領周辺の腐敗に高まっていた住民の怒りが爆発!
暴動が発生し、治安部隊との衝突が始まったのです。
チュニジア国内メディアは当初無視しましたが、インターネットなどで情報が広がり、反政府デモは全国に飛び火。
1月4日にムハンマドさんが死亡するとさらに激化。
ベンアリ大統領は14日、サウジアラビアへの亡命に追い込まれました。
ムハンマド・ブアジジさんは大学でコンピューターを学ぶのが夢だったそうです。
生活に追われて実現はままならなかったようで、収入は1日7ディナール(約400円)程度。
ムハンマドさんは、農作業に従事する母マノビアさんが仕事のつらさを訴えると「もっと稼ぐから、お母さんは休んで」と思いやったそうです。
そのマノビアさんは、「息子の死が無駄にならないよう、過去と決別して」と訴えています。
現在、独裁者は去りましたが、旧政権の閣僚が未だ多数が残留。
体制刷新を求めるデモが全国で続いています。
革命の発火点となったムハンマドさんの故郷シディブジドでは、死者を悼んで国旗が半旗で掲げられ、住民が「与党は去れ」との叫びを強めていたそうです。
シディブジドは首都チュニスの南方約260㎞で、住民によると人口約4万人。農業が主要産業の「政府から見捨てられた町。
ベンアリ前大統領の就任日にちなんで「11月7日広場」と名付けられていた中央広場は今、ムハンマドさんの勇気ある抗議を讃えて「ムハンマド・ブアジジ広場」と呼ばれています。
こういった発端を知った上で、みんなで、アラブ諸国のデモ暴動について考えましょう。