次の4月に会社で部署異動があり、2年目はあわただしい中での準備となりました。1年目に失敗した青本読みをやめて、2年目からは、PMPさんから提供していただいている「総監 虎の巻」という資料を使って勉強することにしました。青本と比べると格段にわかりやすく読みやすい内容だったのですが、やはり、内容は眠くなるものばかりで、電車の中で「虎の巻」を抱えて寝込んでしまうことがたびたびありました。そんな中でも1年目に失敗した論文の内容を何名かの総監技術士に添削していただき、総監について、わかりかけてきたところで2回目の試験となりました。
 
 試験当日、選択問題はやはり難しいのですが、「1年目よりは、ましになったかな。」という状態で終えることが出来ました。次は、午後の論文にかかります。答案用紙が配られて、問題を読んで骨子を考えようと思った瞬間、「何これ?」と唖然としました。前年と比較し、制約が多く、自由に書けない問題に変わっているのです。いやあ、まいったなあと思いながら、書き始めたものの途中で、問題が起きました。影響分析に関して記述しなければならない箇所で時間を使いすぎてしまい、気が付いたら試験時間が1時間しか残っていなかったのです。1時間で残り3枚の論文を仕上げなければなりません。こうなると後は気合です。考えられることをどんどん書き始めます。残り15分の時点で1枚白紙の状態です。この時、「絶対にあきらめない。自分はできる。」と言い聞かせて、何とか書き終えることが出来ました。ちなみに、この年の評価もB(択一は2540)です。皮肉なことに、最も時間をかけた影響分析の箇所に必要な事項が記載されていないのが致命的となりました。当時、自分が専門としていた事項について詳しい内容を書きすぎて、肝心なことが入っていなかったというお粗末なものです。今後、受験を志す方も気を付けて下さい。
 
 3年目に受験申込書を書く時に、私はかみさんに「もう辞めたい。」と言いました。当時、業務で大きなストレスを抱えていた上に、土日は、勉強時間を確保するために、かみさんと息子に外出するように頼まなければなりません。子供が小さいうちにこんな生活を続けていくのが正しいのだろうかと自問自答しました。しかし、かみさんからの返事は意外なものでした。「ここまで続けたのだから今年もやるべきじゃない?土日は私が何とかするよ。」この言葉で、再び、受験を決意することにしました。しかし、すでにGWに入っており、受験申し込みの期限が迫っていたので、大急ぎで書類を準備する羽目になりました。結局、提出したのは締め切りの1日前というありさまです。今年もこんなんでうまくいくのだろうか。波乱を予感させるスタートとなりました。
 
 3年目は、「総監 虎の巻」をただ、読むのでは無く、自分の言葉に直してノートを作るところから始めました。すると、今までわからなかった内容が理解できるようになりました。結局、今までは、読んで理解したふりをしていただけだったのです。総監の勉強では、第1章の「総合技術監理の要求内容と技術体系」という項目が最も大切で、今までに延べ10回以上は、読んでいたと思いますが、完全に理解できていたわけでは無かったのです。これでは、合格に至るはずがありません。その他の項目についても、同様の勉強をすることで理解を深めることが出来ました。そんな感じで勉強しながら、3回目の試験に臨みました。
 
 3回目の試験は、意外な感触から始まりました。択一式問題を解いて「あれ、もしかしたらいけるかも。」と思ったのです。内容は、それなりに難易度が高いものではありましたが、前年と比較して、問題が、素直で解きやすくなっていたのです。例年にない状態で午前の試験を終えて、午後に試験に入りました。今年は、設備保全に関する問題です。「これは、良い問題が出たな。」と思いました。現在、業務で設備保全の業務に関わっており、ネタが豊富にある問題だったからです。更に、以前の業務で蓄えた知識も活用できます。慎重に骨子を組み立てた上で、論文を書き始めました。2時間ほど経過し、残り3枚となったところでトイレに行くことにしました。(これが後で、波乱を呼ぶことになります。)戻って、書き始めると、意外に時間が足りないことがわかりました。最終ページを残して残り、20分です。「ここまできたのに、これはやばい。」と思い、必死で書き始めました。5分前に何とか終了です。しかし、最後の項に必要な総監用語がちりばめられてないことに気が付きました。残り1分です。さすがに修正はあきらめて試験を終えることにしました。帰りの電車の中で私は、暗澹たる気持ちになりました。せめて、あと10分だけ時間があれば、きちんとしたものが仕上げられたのに・・・。それでも、万が一の合格を信じて再現論文を仕上げました。しかし、受験票を開く気にもならなかったので、受験番号は近くにあった昨年の番号を記述するというやる気のない状態での作業でした。
 
10月末、合格発表がありました。結果は、まさかの合格です。やったあと思いましたが、同時に、気が重くなりました。なぜなら、この次に、厳しい口頭試験を受けなければならないからです。
 
 口頭試験の準備の前に、ネッペの口頭試験セミナーを実施しました。口頭試験を受験する立場にいる私にとってこのようなセミナーの講師をすることも貴重な経験です。皆、優秀なメンバーばかりで、口頭試験の結果も良好だったとの報告が届いて講師としては、ほっとする・・・と書きたいところなのですが、この時点で、私の試験は終わっていません。もしかして、3人合格して、私だけ不合格になったら、これはしゃれにならないぞと思い、何かに取りつかれたように勉強しました。150問の想定問答を作り、模擬面接を2回受けて講師の方からお墨付きをもらいました。これで、もう問題ないだろうと思いながら臨んだ口頭試験だったのですが、そこには思わぬ落とし穴が潜んでいたのです。
 
 口頭試験当日、緊張しつつこれが終わったら自由の身だと思いながら試験に臨む私がいました。しかし、本番は模擬面接とは違い、思い通りに話せません。150問の想定問答も頭の中から消えています。気が付くと、想定問答や模擬面接で話していた内容と全く異なる回答をしていました。質問に対して総監の視点で回答できていない箇所もあるなど、散々な出来で、口頭試験を終えてしまいました。口頭試験を終えて帰るときに、試験官が、「これで結構です。ありがとうございました。」と言いました。「これで結構です」は、「これで合格に至っているので問題ありませんよ。」と言われたのか、「もう話を聞いてもらちが明かないから帰っていいよ。」と言われたのか、不安が残ります。結局、合格発表までの2か月間、夜も寝ることができずに苦しむことになりました。
 
 合格発表当日、もう、寝ることなどできません。ほとんど徹夜状態で、5時になるのを待ちました。しかし、いっこうにアップされません。なぜか合格祝賀会の情報が先にアップされている始末です。「祝賀会はいいから、合格発表を早くやってくれよ。」と思いながら、待つこと1時間、ようやく合格発表の時間になりました。PDFファイルを開けてスクロールした先に待っていたものは・・・・。私の番号がそこにはありました。感動したというより、とにかくほっとしました。これで、口頭試験で苦労したメンバーに顔向けができる。受験を許してくれたかみさんに顔向けができる。会社のメンバーにも顔向けができる。色々な思いがこみ上げてきましたが、最後に思ったのは、「口頭試験の試験官様、ありがとう。これで、4月からまともな生活を送ることができます。」という情けない内容です。ちなみに、私の上司は、いいかげんな気持ちで書いた再現論文に記載した受験番号を見て、不合格を確信したそうです。いいかげんな仕事をすると色々な人に迷惑をかける良い例ですよね。
 
 長々と書きましたが、私の受験体験でかっこいい内容は、何一つありません。でも、かっこ悪いながらも、あきらめずに続けてきたのが良かったのかなと思います。乱文にも関わらず、ここまで読み進めて下さった皆さん、本当にありがとうございます。ここで記述することが出来なかった、詳しい内容については、全国大会の時にでも話をさせていただければと思います。また、口頭試験の再現や総監受験の情報が欲しい方は連絡してください。できる限りのことは協力させていただきます。では、ネッペの皆様、今後ともよろしくお願いいたします。