東京の単身社宅で夕食の支度をしていると、台所の窓の外に
ヤモリが白いお腹を見せて貼り付いているのを良く見かけました。
長野ではヤモリを見たことがなかったので、興味津々で見守って
いました。窓ガラスのヤモリの他にも玄関先で子どものヤモリを見
かけたこともあり、どこかに巣があったのかもしれません。それが昨
年のある秋の夜のことでした。台所で洗い物をしていると、小さなヤ
モリがシンクの壁に貼り付いているのを見つけました。愛嬌のある姿
に惹かれ、早速プラスチックケースに入れて飼い始めました。ヤモリ
の口元はスマイルマークのようで、正面から見るとまるで微笑んでい
るように見えるのです。この笑顔に魅せられて「ヤモリスト」になる人
も多い?のだとか。冬眠しているクモを与えると、それまでじっとして
いたヤモリがクモをめがけてばっと駆け寄り、ぱくっと食べる姿は感
動的でした。しかし素人には冬期の飼育は難しく、結局年明けに死な
せてしまいました。生き物を飼うためには、それ相応の知識や技術、
それと覚悟が必要だと思い知った一件でした。
 ところで、ヤモリが壁や天井に貼り付いていられる理由をご存じで
しょうか?私はてっきり指先に吸盤がついているためだと考えていま
した。しかしそうではなくて、指先のひび割れ構造の中に数十万本の
剛毛が密生しているのだそうです。さらに毛の先端は細かく枝分かれ
しており、その直径は200nmほどの大きさなのだそうです。その毛の
一本一本が壁との間にファンデルワールス力を発生させるために、
ヤモリは壁や天井を歩けるのだと知りました。
 このヤモリの指先の構造にヒントを得て、粘着剤を使わない接着テー
プが開発され、工業用をはじめ医療用への応用も期待されています。
このように自然の形に学ぶ設計思想をバイオミメティクスといいます。
代表的な例が、サメ肌の構造を摸して水の抵抗を減らし、新記録を
量産して競泳界に革命をもたらしたSPEED社の水着といえるでしょう。
ヤモリのように普段見かける小さな生き物たちの中に大きな可能性が
眠っているかもしれません。その中から、ブレークスルーとなりうる革新
的な技術が生まれたら、素晴らしいことだと思います。
                                 (文責 古田賢司)