来年40歳をむかえる富山の機械部門技術士のK・Iです。
昨年の投稿から1年ぶりに投稿させていただきます。
私の方は某大手企業へ転職を果たしてから1年半経過し随分と会社にも慣れ、仕事にやりがいを覚える毎日を送れています。
 
前回の投稿では技術士取得過程で「こんにゃろ~の精神から自分を高める精神へ」について自己の考えを述べさせていただきましたが、今回は機械部門技術士として業務の中で最近感じていることで「定量的と定性的」についてお話したいと思います。
 
私は化学プラント建設の発注者として、トラブル発生した際に業者の報告書や説明を聞きますが、全て定性的で感覚論だけしか述べておらず、質問しても答えられないケースをよく目にします。
 
例えば粉体ミキサーの駆動軸が破断した事例を例とします。
この時、粉が固まっていて硬いから軸が触れ回り破断したと定性的な説明をされました。
 
透かさず、私は反論。軸のセンターにてまっすぐ割れるということは回転曲げ疲労破壊では?
疲労破壊は設計ミスの一つと考えますが、電動機の初期駆動負荷時の疲労限度を計算した
ものを見せて定量的に説明してくださいと意地悪な質問を繰り出しました。結果は相手は疲労限度すら知りませんでした。
改めて業者に技術的指導や計算方法を説明をして、計算させた結果,疲労限度を超えており、困ったものでした。
 
これが疲労破壊なのか応力腐食割れなのか、破断面を見ればまっすぐな亀裂であれば疲労破壊、複雑な割れであれば応力腐食割れとわかります。さらに破断面の模様を見れば疲労破壊であれば低サイクル疲労なのか高サイクル疲労なのかある程度仮説がたち、その時の条件で力学的計算で定量的な検証を繰り返し行い、論理的にトラブル解決策を打ち出して行くのが技術者の姿であり我々発注者への誠意を示すことに繋がるはずなのが残念でした。
 
中にはお客さんの担当者の方が技術力がある場合がまれにあります。また、自社の製品にトラブルがあったときは、思い付きの定性的な解析では本当の原因が闇に消されてしまい倫理的ではありません。
やはり定量的に論理的にトラブルは解決されていかなければならないと思うついこの頃です。
 
私は、少なくとも技術者とは正しく倫理的に利己よりも利他を考えることができるものと信じております。
また、私自身が技術士としてそうありたい。
 
定性的と定量的を感じるついこの頃です。
 
ではでは。
 
See you next year!