シー・シェパードやPETA、そしてこの事件について考えると、日本を含め、世界全体で、人間としてあるべき教育が足りないように思えます。
タイトルにある通り、私は「人間至上主義」をもっと前面に出した教育を推奨します。
「肉加工やめろ」脅迫容疑で高1生逮捕 加古川
↓
http://ameblo.jp/nests01/entry-11311313065.html
>逮捕容疑は5日午前5時15分ごろ、県食肉衛生検査センターの郵便受けに「今すぐ加古川市と高砂市のすべての業者に食肉加工をやめさせろ。さもないとキサマラを殺す」などと書いたはがきを入れ、職員を脅した疑い。
犯行動機として、この少年は「動物が殺されるのをやめさせようとした」そうです。
たとえポーズだとしても、「動物を殺すな」と言いながら「人間を殺す」と言う言動に矛盾を感じなかったのだとしたら、この少年は、相当重症だと思います。
なぜなら、人間でありながら、同類である人間の命より異種である牛豚の命を大切だと発言するのですから。
ただ、高校生なら教育すればある程度は直せますが、大人でも彼を笑う資格のない人達がいます。
それが、シー・シェパードやPETAの連中です。
彼らの「真の動機」は、わかりません。
しかし、どのような動機であれ、彼らは人間としての前提を間違えている以上、彼らを認めることはできません。
そして、この少年は、「人間として生きたいなら、他のどの命よりも人間を大事にする」ことを心しなければなりません。
それができないのなら、彼らは人間ではないと判断しても良いのではないかと思います。
まあ、これ以上はさておきまして、人間が人間を大切にするのは基礎です。
基礎は難しい。しかし、基礎ができていない人が発展や応用ができないように、人間を大事にできない人間が、他の生命を大事にする、と言うのは客観的に見れば非常に滑稽だと思います。
私が「人間至上主義」を前面に出せ、と申し上げたのも、これが人間の在り方の基礎だからです。他の生物に対する愛情は、基礎となる「人間至上主義」があってこそです。
まあ、これを基礎とした後は、動物愛護をしようと構いませんし、人間至上主義を突き進めても良いと思います。
とにかく、人間であるのなら、「人間至上主義」を基礎とした在り方を忘れるべきではありません。
タイトルにある通り、私は「人間至上主義」をもっと前面に出した教育を推奨します。
「肉加工やめろ」脅迫容疑で高1生逮捕 加古川
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http://ameblo.jp/nests01/entry-11311313065.html
>逮捕容疑は5日午前5時15分ごろ、県食肉衛生検査センターの郵便受けに「今すぐ加古川市と高砂市のすべての業者に食肉加工をやめさせろ。さもないとキサマラを殺す」などと書いたはがきを入れ、職員を脅した疑い。
犯行動機として、この少年は「動物が殺されるのをやめさせようとした」そうです。
たとえポーズだとしても、「動物を殺すな」と言いながら「人間を殺す」と言う言動に矛盾を感じなかったのだとしたら、この少年は、相当重症だと思います。
なぜなら、人間でありながら、同類である人間の命より異種である牛豚の命を大切だと発言するのですから。
ただ、高校生なら教育すればある程度は直せますが、大人でも彼を笑う資格のない人達がいます。
それが、シー・シェパードやPETAの連中です。
彼らの「真の動機」は、わかりません。
しかし、どのような動機であれ、彼らは人間としての前提を間違えている以上、彼らを認めることはできません。
そして、この少年は、「人間として生きたいなら、他のどの命よりも人間を大事にする」ことを心しなければなりません。
それができないのなら、彼らは人間ではないと判断しても良いのではないかと思います。
まあ、これ以上はさておきまして、人間が人間を大切にするのは基礎です。
基礎は難しい。しかし、基礎ができていない人が発展や応用ができないように、人間を大事にできない人間が、他の生命を大事にする、と言うのは客観的に見れば非常に滑稽だと思います。
私が「人間至上主義」を前面に出せ、と申し上げたのも、これが人間の在り方の基礎だからです。他の生物に対する愛情は、基礎となる「人間至上主義」があってこそです。
まあ、これを基礎とした後は、動物愛護をしようと構いませんし、人間至上主義を突き進めても良いと思います。
とにかく、人間であるのなら、「人間至上主義」を基礎とした在り方を忘れるべきではありません。