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 私はこの事件の犯人は木嶋佳苗被告だと思います。心情的にも彼女を助ける気はない。



 ただ思うのは、物的証拠もなしに殺人事件だと決め付けられた印象が強い。



 確かに自殺という証拠はないが、逆に他殺という証拠もない。周囲が自殺の動機を思い当たらずに気づいたら自殺していたことも有り得るし、自殺する人は遺書を残すルールもない。そもそも自殺する人まで全部社会常識で判断するのが不可能でしょう。もっと言えば、殺人犯なんて余計そう。



 この事件の裁判員として顔と名前を出していた林太一という人が「被告人が何を考えているのか知りたい」と言っていましたが、裁判とは結果を重視すべきだと思います。ことに殺人事件の場合は。


と言うのも、何を考えていようと、犯罪や人に迷惑をかける行為を実行に移さなければ問題はないからです。

木嶋被告の人間性自体どうでもいいです。

また、これは被害者についても同じ。

検察側が被害者の人格を取り上げることがあるが、それも実は本質とは関係ない。殺されるほどの落ち度があったか否か以外に、犯人の罪を軽くする要素はないのだから。


こういう言い方すると何ですが、刑事裁判はもっと単純計算できる形にすべき。結果重視で反省うんぬんを言ってもしょうがありません。
反省したら仮釈放も考えるべき。
被害者にしてもそう。落ち度がなければ、それ以外の情報は余計なものにすぎない。


私が裁判員制度にどうしても賛成できないのは、刑事事件と言う一般市民の良識が通用しない人間が起こしたものを、わざわざ一般市民を参加させた上、寝堀り葉堀りやっているからでもあります。

また、関係ない他人が量刑判断することにより、裁判員次第の運頼み裁判になるのも公平性から問題になります。

司法が誰かに寄り添ってはいけないのですよ。あくまでも、被告人が真犯人であるか、その時の罪の重さは、被害者の落ち度は、で決めるのが真に公平な裁判だと思います。