(続きです)
【「何か事件が起こっても傍観する」のが正しい】
世論の大部分は、この判決を下した裁判官は一体どのような精神構造をしているのかと疑問を呈した。
人の親切心を逆手に取って「後ろめたさ」に起因するものと解釈するというのは、裁判官は完全に性悪説に立って人間を見ていることになる。こうした判決がまかり通るのであれば、「たとえ困った人がいようとも、決して助けてはならない」ということにならないか。
それは即ち、「人が困っていても見て見ぬ振りを決め込むのが正しい処世術」ということになる。彭宇事件の判決が中国国民にもたらしたものは、「何か事件が起こっても関わり合いを持たずに傍観する」のが正しい選択であるという教訓だった。
彭宇は判決を不服として上告したが、一審判決に対する厳しい世論を受けた裁判所は原告・被告の双方に和解を調停し、最終的には和解が成立した模様である。だが、その和解条件は公表されていない。関係者は双方が満足行く形で和解したとのみ述べている。
しかしながら、彭宇事件の影響は重大だった。2008年2月15日に南京市解放南路で92歳の老婆が口から泡を吹いて倒れた際にも通行人は誰一人として救おうとはしなかった。
たまたま通りかかったダンス教師の女性は、周囲の通行人9人に彼女と倒れている老婆とは何ら関係がないことを確認してもらった上で、電話で120番通報して救急車を要請したのだという。
【救急車到着まで約30分間、放置された老人】
2009年5月にもインターネットの掲示板に、ある町の駅前に老人が倒れていて人だかりが出来ていたが、自分も含めて誰も助けようとせず、誰かが出動を要請した救急車が到着するまで約30分間、老人は放置され続けたとの書き込みがあった。
書き込みを行ったインターネットユーザーは、周りの人々は「この人は1人で歩いて来て突然倒れた」と自分たちは老人が倒れたことと無関係であることを強調して冷やかに老人を見つめるだけであった。
自分は老人を助けようという気持ちはあったが、結局老人に近寄る勇気がなく、救急車が到着したのを見届けてその場を離れたとして、そんな自分に忸怩たる思いにかられたと記述していた。
判決から2年以上の時が経過して人々の記憶から彭宇事件が忘れ去られようとしていた時に新たに下されたのが、2009年12月28日の李凱強に対する判決であった。
多くの人々はこの判決を不当なものと考え、彭宇事件を思い出して、中国の司法には正義はないのかという思いに駆られると同時に、またしても「他人が困っていても、決して関わりになってはいけない」という思いを深めたのである。
【家を売らなければ賠償金を支払えない】
2009年11月、李凱強は国家公務員試験を受験した。その直前に届いた裁判所からの出頭命令書を見て、彼の心は千々に乱れた。しかし、父親が「裁判のことは忘れて受験に専念するように」と激励したことで、無事に受験の日を迎えた。
既に筆記試験、面接を通過して、残すは政治審査のみとなっている。政治審査に合格すれば、晴れて特殊警察部隊の一員となるのだという。李凱強の受験は順調に推移したが、裁判の方は7万9000元の支払いを命じられたのである。
李凱強の両親の給与は2人合わせて毎月1200元(約1万6800円)に過ぎず、家を売らない限り、7万9000元の支払いなどできるはずがない。家の出費を少しでも減らそうと李凱強は毎月200元(約2800円)で大学生活を送っており、着るものはいつも同じ。暇があれば家に戻って家事の手伝いをするのが常であるという。
こうした苦しい生活状況下で李凱強にできることは、一審判決を不服として上告することだが、それには事故当時の目撃者を捜し、上告審で証言してもらって勝訴するしかない。
【「俺は立ち去るよ。二度と関わるものか」】
上述の一審判決を報じた「鄭州晩報」は、事件当時の目撃者を探して出して得た情報から判断して原告の宋某を「当たり屋」と見ているようで、李凱強の目撃者探しに協力している。
筆者も本件に関する一連の記事を読んだ印象から、李凱強は不運にも「当たり屋」の標的にされたのだと考える。このような「当たり屋」を判別できない裁判官の資質そのものが問題なのではないだろうか。
彭宇事件という李凱強事件と類似の事件が2006年11月に発生したことは、“二七区法院”の裁判官も知っていたはずだ。にもかかわらず、まともな証拠調べも行わずに、「交通事故の責任の所在が明確でない時は当事者双方で損害を分担する」という規定を杓子定規に当てはめて一件落着とする安易な姿勢は論外と言わざるを得ない。
「最高人民法院の民事訴訟の証拠に関する若干の規定」第2条によれば、原告の宋某が確たる証拠を示し、被告の李凱強に電動自転車をぶつけられたことで腰を痛めたことを証明できない場合には、李凱強の責任を問うことはできない。ある著名な法律専門家はこのように述べて、これは「法律のいろは」であると強調している。
司法がまともに機能せず、好意から人助けした無辜(むこ)の善人が損害賠償の支払いの判決を受けるようでは、中国の社会道徳は変調を来たし、誰もが好意を示すことを躊躇するようになるだろう。
一審判決後、李凱強の父親が李凱強に「良いことはしなければならないが、必ず多くの人がその場にいることを前提としろ。もし2人しかいないのなら、する必要はない」と諭した。これに対して、李凱強は「俺は立ち去るよ。二度と関わるものか」と答えたという。
事件の当事者である李凱強がこう考えるのは致し方ないことかもしれないが、庶民の誰もが同様に見て見ぬ振りをする風潮が蔓延したら、社会そのものが機能しなくなるのではなかろうか。
(北村豊=住友商事総合研究所 中国専任シニアアナリスト)
(注)本コラムの内容は筆者個人の見解に基づいており、住友商事株式会社 及び 株式会社 住友商事総合研究所の見解を示すものではありません。
【「何か事件が起こっても傍観する」のが正しい】
世論の大部分は、この判決を下した裁判官は一体どのような精神構造をしているのかと疑問を呈した。
人の親切心を逆手に取って「後ろめたさ」に起因するものと解釈するというのは、裁判官は完全に性悪説に立って人間を見ていることになる。こうした判決がまかり通るのであれば、「たとえ困った人がいようとも、決して助けてはならない」ということにならないか。
それは即ち、「人が困っていても見て見ぬ振りを決め込むのが正しい処世術」ということになる。彭宇事件の判決が中国国民にもたらしたものは、「何か事件が起こっても関わり合いを持たずに傍観する」のが正しい選択であるという教訓だった。
彭宇は判決を不服として上告したが、一審判決に対する厳しい世論を受けた裁判所は原告・被告の双方に和解を調停し、最終的には和解が成立した模様である。だが、その和解条件は公表されていない。関係者は双方が満足行く形で和解したとのみ述べている。
しかしながら、彭宇事件の影響は重大だった。2008年2月15日に南京市解放南路で92歳の老婆が口から泡を吹いて倒れた際にも通行人は誰一人として救おうとはしなかった。
たまたま通りかかったダンス教師の女性は、周囲の通行人9人に彼女と倒れている老婆とは何ら関係がないことを確認してもらった上で、電話で120番通報して救急車を要請したのだという。
【救急車到着まで約30分間、放置された老人】
2009年5月にもインターネットの掲示板に、ある町の駅前に老人が倒れていて人だかりが出来ていたが、自分も含めて誰も助けようとせず、誰かが出動を要請した救急車が到着するまで約30分間、老人は放置され続けたとの書き込みがあった。
書き込みを行ったインターネットユーザーは、周りの人々は「この人は1人で歩いて来て突然倒れた」と自分たちは老人が倒れたことと無関係であることを強調して冷やかに老人を見つめるだけであった。
自分は老人を助けようという気持ちはあったが、結局老人に近寄る勇気がなく、救急車が到着したのを見届けてその場を離れたとして、そんな自分に忸怩たる思いにかられたと記述していた。
判決から2年以上の時が経過して人々の記憶から彭宇事件が忘れ去られようとしていた時に新たに下されたのが、2009年12月28日の李凱強に対する判決であった。
多くの人々はこの判決を不当なものと考え、彭宇事件を思い出して、中国の司法には正義はないのかという思いに駆られると同時に、またしても「他人が困っていても、決して関わりになってはいけない」という思いを深めたのである。
【家を売らなければ賠償金を支払えない】
2009年11月、李凱強は国家公務員試験を受験した。その直前に届いた裁判所からの出頭命令書を見て、彼の心は千々に乱れた。しかし、父親が「裁判のことは忘れて受験に専念するように」と激励したことで、無事に受験の日を迎えた。
既に筆記試験、面接を通過して、残すは政治審査のみとなっている。政治審査に合格すれば、晴れて特殊警察部隊の一員となるのだという。李凱強の受験は順調に推移したが、裁判の方は7万9000元の支払いを命じられたのである。
李凱強の両親の給与は2人合わせて毎月1200元(約1万6800円)に過ぎず、家を売らない限り、7万9000元の支払いなどできるはずがない。家の出費を少しでも減らそうと李凱強は毎月200元(約2800円)で大学生活を送っており、着るものはいつも同じ。暇があれば家に戻って家事の手伝いをするのが常であるという。
こうした苦しい生活状況下で李凱強にできることは、一審判決を不服として上告することだが、それには事故当時の目撃者を捜し、上告審で証言してもらって勝訴するしかない。
【「俺は立ち去るよ。二度と関わるものか」】
上述の一審判決を報じた「鄭州晩報」は、事件当時の目撃者を探して出して得た情報から判断して原告の宋某を「当たり屋」と見ているようで、李凱強の目撃者探しに協力している。
筆者も本件に関する一連の記事を読んだ印象から、李凱強は不運にも「当たり屋」の標的にされたのだと考える。このような「当たり屋」を判別できない裁判官の資質そのものが問題なのではないだろうか。
彭宇事件という李凱強事件と類似の事件が2006年11月に発生したことは、“二七区法院”の裁判官も知っていたはずだ。にもかかわらず、まともな証拠調べも行わずに、「交通事故の責任の所在が明確でない時は当事者双方で損害を分担する」という規定を杓子定規に当てはめて一件落着とする安易な姿勢は論外と言わざるを得ない。
「最高人民法院の民事訴訟の証拠に関する若干の規定」第2条によれば、原告の宋某が確たる証拠を示し、被告の李凱強に電動自転車をぶつけられたことで腰を痛めたことを証明できない場合には、李凱強の責任を問うことはできない。ある著名な法律専門家はこのように述べて、これは「法律のいろは」であると強調している。
司法がまともに機能せず、好意から人助けした無辜(むこ)の善人が損害賠償の支払いの判決を受けるようでは、中国の社会道徳は変調を来たし、誰もが好意を示すことを躊躇するようになるだろう。
一審判決後、李凱強の父親が李凱強に「良いことはしなければならないが、必ず多くの人がその場にいることを前提としろ。もし2人しかいないのなら、する必要はない」と諭した。これに対して、李凱強は「俺は立ち去るよ。二度と関わるものか」と答えたという。
事件の当事者である李凱強がこう考えるのは致し方ないことかもしれないが、庶民の誰もが同様に見て見ぬ振りをする風潮が蔓延したら、社会そのものが機能しなくなるのではなかろうか。
(北村豊=住友商事総合研究所 中国専任シニアアナリスト)
(注)本コラムの内容は筆者個人の見解に基づいており、住友商事株式会社 及び 株式会社 住友商事総合研究所の見解を示すものではありません。