昨日のブログの続き。
自分がメンタルオーガナイズを
学んだときの資料を読み返していたら
メモとしてさらっと書き残した言葉に
目が留まりました。
人は、幸せな人と不幸な人がいるわけではない
一人の人に幸せなときと不幸なときがある
何を見て
どこに意識をかたむけて
エネルギーを使っているか
そのエネルギーの使い方で
人生の幸福度が変わってくる
そんな話題だったのだと思います。
幸せそうな人を見て
垣間見えたその側面だけで
その人を「幸せだ」と思ってしまいがちだけど
幸せなその人にも
幸せではないことももちろんある。
でも、そこは見えない。
片づいた部屋の一部を写した写真を見て「この人はすっきりした家に住んでいるんだ」と思いがちだけど、写真以外の部分は散らかっていてもわからない、みたいな。
このコンロの横のシンクが、使った調理器具や皿で溢れていてもわからないように。
他の人を見て客観的に
「幸せだ」「幸せそう」と思うことはあっても
それは自分と比べるものではない。
その人のほかの側面や
内面はわからないし
幸せや不幸せの
意味づけはそれぞれ違うし
なにを幸せや不幸せと
思うのか
自分の幸せや不幸せの感度は
どの程度なのか
幸せも不幸せもすごく
主観的なもので
自分次第だから
人と比べられるものじゃないんだな。
まったく同じ出来事を経験しても
どこに視点を当てて
どう捉えるかで
いますぐ
幸せにも、不幸せにもなれる。
なので、先の言葉に一文追加してみよう。
人は、幸せな人と不幸な人がいるわけではない
一人の人に幸せなときと不幸なときがある
どちらの "とき" に焦点を当てるかで
幸せか、そうではない人生か、いつでもいかようにも変化する
そんな、ものの見方(情報の受け取りかたや思考の習慣)についても、メンタルオーガナイズのセッションで取り扱います。
メモした言葉に合わせて
幸せ・不幸せと書いてきたけれど
幸せ・不幸せという言葉を並べるのは
幸せか不幸せか、どっちか?
みたいな、二択を想起させるから苦手。



