第110話「父の思い」

幸子は成人式を無事終え家に帰ると姉と着物の事で
収納と運搬が簡単に出来るやり方について関心していた
姉は幸子から見せても貰った用紙を見て驚いた
「ちょっと幸子、これって着付け講師の比沙子先生だよ
私ね、自分の成人式の時にお願いしようと思って
予約確認したら全然ダメでショックだったよ
でもなんで幸子がこれ持ってるの?」
幸子は今朝の着付けに来た人から貰い
大阪の呉服店の加奈からその人を比沙子姉さんと
呼んでいた事も付け加えて話した
姉は幸子が平然と言うのも少し理解出来た
「父ちゃんから聞いたよ、最初は普段着で
成人式に行くつもりでいたんでしょ?
幸子が大阪に就職してるから知らないと思うけど
この時期に成人を迎える地元の女子はね
着物を着付けてもらうなら、あの有名な
比沙子先生と決めてる人が多くてね
その人に合う着物までちゃんと見てくれてね
比沙子先生に任せれば間違いは無いというぐらい
みんなの憧れの先生なんだよ
でも、この着物着て成人式ではかなり目立っただろ?
羨ましいぞ幸子」
そんな微笑ましい姉妹の会話であった
幸子は夕飯の前に両親と姉に今月限りで大阪を退職し
実家で母の面倒を看ながらこちらで就職する話を出した
大阪の大将と女将には事前に退職する話は済ませてあり
何の問題も無いと説明した
そして就職先はバイトしながら探し父親のミカン畑も手伝うから
そうさせて欲しいとお願いした
父親は幸子の話を黙って聞いていたが、しばらく何も言わなかった
母も姉も父親が何も言わないため黙っていた
幸子は何も言わない父親に再度そうさせて欲しいとお願いすると
父親は参ったなと言いたそうな顔で話し始めた
「幸子や、お前がこっちにいる時はほとんど自分の意見を言わず
大阪に就職する時もそうだった、父ちゃんが行ってみるかと言った時も
『はい』としか言わなかったが、大阪に行って立派になったな~
父ちゃんはなんだか嬉しいぞ
でもな、幸子には悪いが母ちゃんの面倒をお前に看てもらうつもりは無いぞ
お前達がここで生まれたのは何故だかわかるか?
俺が母ちゃんの事が大好きで結婚したから生まれたんだぞ
結婚する時に良い事も悪い事も何が起きてもずーっとそばにいると
母ちゃんに約束したんだ、それを途中で破る事は出来ん
いずれ幸子も嫁に行くんだから、母ちゃんの面倒を看て暮らすのは
諦めてくれや、なっ、幸子」
幸子の決断の結果が出ないまま少し早目の夕食になった
夕食を終えた幸子は大阪から持って来た白のセーターを
「お父ちゃん、まだまだ寒いからミカン畑でこれ着て風邪引かないでね」
母親の面倒とミカン畑で働く父親を気遣って渡した
夕食を終えると父親は幸子をバスターミナルまで
軽トラに乗せて送って行ったが道中は会話の一言も無かった
バスターミナルで降りた幸子は大阪行きのバス停へ歩き出した
すると父親が「幸子、セーター大事に使うよ、それと、それと、
呉服屋の女将さんに、女将さんに、、、、、」
父親は娘にしてくれた事が有り難くて声を詰まらせてしまった
先ほどまで一言も喋らなかった幸子だったが
父親の掛けてくれた声をキッカケに振り向いて走り出して来た
父親に抱き付き涙声で「私だって、私だって大事な母ちゃんだよ」
「そうだな、そうだな、お前の決めた通りにすれば良い、帰って来い
帰って来たらミカン畑でも教えてやる」と言い背中をポンポンと叩いた
幸子は父親の胸で「うん」と返事して大阪行きの高速バスに乗り込んだ。

                            つづく