Tちゃんが部屋に遊びに来てくれた。
首筋に唇をそっと寄せるだけで、彼女の肉体はすぐに熱を帯びた。
けれどその反応の奥には、いつも小さなためらいが潜んでいたように思う。
肉体的な喜びと同時に、どこか自分を責めるような影がちらつく瞬間があった。
肉体は素直に求めているのに、心のどこかで「高校生がこんなことをしている自分はいけない」と押し殺そうとしている矛盾が、静かに漂っていた。
触れられるたびに高まる感覚を、彼女自身が少し怖がっているようにも見えた。
肉体的に楽しむことと、自分を否定することが、同時に彼女の中で起きていたのだ。
快感が訪れるたびに、それを受け入れることへの抵抗が生まれ、彼女の表情に一瞬の迷いが浮かぶことがあった。
前回、松山駅で送ったとき、見知らぬ人の咎めるような視線が彼女を捉えていたらしい。
あの一瞬が、Tちゃんの心に深く刺さったのだろう。
「高校生が、こんなことをしていたらいけないことだ」という声が、内側で繰り返し響き、楽しみたい気持ちいと恐れが、静かにせめぎ合っていた。
触れ合うたびに肉体は求めても、心のどこかで自分を戒めている様子が伝わってきた。
彼女は笑顔を見せながらも、ふと視線を逸らし、言葉少なになることが多かった。
罪悪感が、静かに彼女を締めつけ、楽しむことさえ自分に許せずにいるように見えた。
誰かに知られたらどう思われるかという不安が、いつも彼女の背中に影を落としていたのかもしれない。
その不安は、単に外からの視線だけでなく、自分自身の中にある「正しい自分」と「欲求を持つ自分」の間で引き裂かれる痛みにもつながっていたように思う。
彼女はおそらく、誰かに指摘される前に、自分で自分を裁いていたのだろう。
肉体が楽しみたいという本音を、すぐに「欲深い自分」として否定してしまう習慣が、心の奥に根付いていたように感じられた。
当時は、そんな時代でした。
だから、それ以上には進まなかった。
彼女を傷つけたくないという思いから、自分でしごいてTちゃんのお腹の上に射精した。
でも結果として、火をつけたままにしてしまったのかもしれない。
満たされないまま残った熱が、彼女の中でくすぶり続けていたのだろう。
欲求を抑え込みながらも、どこかで解放を求めていた矛盾が、彼女をさらに苦しめていたように感じる。
触れられるたびに高まる感覚と、それを否定しようとする心の声が、彼女の中で静かにぶつかり合っていた。
満たされないまま残る感覚が、かえって彼女の罪悪感を強め、次に会うたびに心のブレーキをきつくさせていたのかもしれない。
肉体が求めるほどに、心は「これ以上はいけない」と自分を縛り、その繰り返しが彼女を疲れに近い状態にしていたように思う。
四回目の日、駅へ向かう途中で彼女が小さく「最後だからして欲しかった」とつぶやいた。
あの言葉には、抑え続けた欲求と、もう会えないかもしれないという諦め、そして自分を許せずにいる葛藤が、すべて混じり合っていた。
声のトーンは控えめだったが、そこに込められた切実さが、今も胸に残っている。
最後の機会だからこそ、抑えてきた想いを少しだけ口に出せたのだろう。
でもその瞬間でさえ、彼女は自分の言葉を後悔しているようにも見えた。
言ってしまったことへの羞恥と、それでも伝えたかった本音が、彼女の表情に一瞬だけ交錯していた。
本音を漏らしたあとの沈黙には、安堵と自己嫌悪が同時に漂っていたように思う。
Tちゃんにとって、その一言は勇気の表れであると同時に、自分をさらに追い詰める行為でもあったのかもしれない。
それ以来、連絡は途絶えた。
電話にも「二度とかけてこないで」とだけ返される。
彼女なりに、これ以上心を揺さぶられないよう、距離を置くことで自分を守ろうとしたのだろう。
複雑な思いを抱えたまま、彼女は静かに扉を閉じた。
私もまた、静かに失意の底に沈むしかなかった。