少年の乱闘、決闘容疑適用=6対6で殴り合い-大阪府警


堺市の二つの市立中学の少年グループが6人対6人で殴り合うなどの乱闘をしたとして、大阪府警少年課などは20日、決闘などの疑いで、双方のグループの14歳の少年4人を大阪地検堺支部に書類送検し、当時13歳の8人を堺市子ども相談所に通告した。
 同課によると、少年らはいずれも容疑を認めている。少年同士の乱闘に府警が決闘容疑を適用したのは過去20年で1件という。
 容疑や非行事実は、少年らの互いのリーダーが「素手で殴り合い、武器は使わない」「相手がギブアップしたらそれ以上攻撃しない」などのルールを決めた上で、7月14日午後4時半ごろ、堺市内の空き地で6人対6人で乱闘するなどした疑い。
 同課によると、少年らは学校周辺の駅前などの少年のたまり場を占拠する地位をめぐり小競り合いを繰り返しており、乱闘の数日前、メンバーの少年の互いの目が合ったことをきっかけに片方のリーダーが決闘を申し込んだという。


(2009/11/20 時事通信)



決闘罪というのは、明治22年に公布された「決闘罪ニ関スル件」という古い法律に規定されている。


刑罰は懲役刑、禁固刑のほか、罰金刑も規定されているが、貨幣価値が大きく違う時代に作られたまま改正されていないため、その額は「5円以上50円以下」「10円以上100円以下」など、遠足のおやつも買えないような情けない金額となっている。


上記の記事に関して、「武器は使わない」「相手がギブアップしたらそれ以上攻撃しない」というルール設定がウケたのか、ネット上では「元気があっていい」「これくらいは良いじゃないか」という論調のコメントを多く見かける。




しかし、ガキなら素手で殴り合っても大した怪我はないというのは、不良漫画の世界だけだ(私も最近、ヤンジャンの「サムライソルジャー」という漫画にハマっている。)。

現実は、大した力がなくても、目を殴れば失明することもあるし、鼻をまともに殴れば一撃で死ぬこともある。

個人的には、学校で些細なことでケンカになり、相手を殴って脳にダメージを与え、一生まともに歩けなくなるような重い後遺症が残る障害を負わせてしまった事件を担当したことがある。

被害者はもちろん可哀想だが、思いもよらない事態に陥り、接見室の分厚いアクリル板の向こうでしょげ返る加害者の少年も可哀想だった。



社団法人日本空手協会の道場訓には、「血気の勇を戒むること」という一文がある。

これについては様々な解釈があり得るが、私は、力を持つ者はやたらと自分の力を誇示するのではなく、不法な暴力を受けた際に、自分や大切な人を守るために必要最小限の力を行使すべき、と解釈している。

この考え方は、刑法で違法性の阻却を認める正当防衛の精神とも合致する。
「元清純派アイドルの転落」という物語が
世間の関心(歓心?)を集めた酒井法子事件。

残念ながら、この事件では、
「有名人が覚せい剤を使うと世間から袋叩きにされる」という以外に
覚せい剤の恐ろしさが世間に伝わっていない気がする。

先日発表された平成21年版犯罪白書によると、
平成20年に覚せい剤取締法違反で処罰された者の数は10,776人。
(大麻や麻薬などを合わせるともっと多くの人間が薬物使用で処罰されている)

なぜこんなに多くの人が罪を犯してまで覚せい剤を使うの?
と、素朴な興味を持った人もいるだろう。

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マスコミの報道ではあまり触れられないが、
覚せい剤の常習者が何度も覚せい剤を使ってしまう理由の多くは、
よく言われるように「疲れが飛ぶ」「スッキリする」からではない。

大多数の理由は、覚せい剤を使って性行為をすると気持ちがいいからだ。
もちろん、一緒に使う相手がいない場合は自慰行為に走ることになる。

聞いたところによると、一度覚せい剤を使って性行為をすると、
物足りなくて普通の性行為ができなくなってしまうらしい。

ただし、「なにこれ、スゲェ!」と思った時にはすでに身も心も覚せい剤に冒され、
自力では抜け出せない地獄に落ちてしまっているわけだが・・・。

仮に夫婦で覚せい剤を使ったセックスの味を覚えてしまったら、
もはや離婚する以外に覚せい剤を断ち切る方法はないのかもしれない。
(別にのりピーについて言っているわけではないが)


こういった恥ずかしいことはおおっぴらに報道できないし、
それならぜひ経験してみたいと思う馬鹿が出てくる可能性もある。

だから、こういう誰も読まないブログにひっそりと書かせてもらう。

もっとも、こんな話はおそらくその筋の連中には常識中の常識であり、
未使用者が覚せい剤に手を出す強い動機の一つだと思う。

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いくら厳しく処罰したところで、失うものがない者は
快楽を求めて簡単に薬物に手を出すというのが現実。

そして、いくら警察が覚せい剤の日本国内における流通を防ごうとしても、
需要と供給が存在する以上は必ずどこかで流通してしまうのも現実。

これ以上、覚せい剤などの違法薬物の常習者を増やさないためには、
少しでも輸入を阻止したり、こつこつと売人を検挙するなどして、
覚せい剤の相場を吊り上げる以外に実効的な手段はないだろう。
弁護士をしていると、一般の人からたまに、
「弁護士はなぜ(あんなに酷いことをした)犯罪者を弁護するの?」
という趣旨の質問を受けることがある。

今まで聞かれたのは1回や2回ではないので、
世の中には同じ疑問を持った人が大勢いるのだろう。

おそらく、犯罪者は悪、犯罪者を弁護する奴も悪、
という発想が頭の中にあるのではないだろうか。

私は、この手の質問を受けると、面倒くさいので
「そういう仕事だから」と答えることにしている。


一応、人権の歴史とか、憲法の人権規定の趣旨とか、刑事裁判の目的とか、
司法権の意義とか、必要的弁護制度とか色々と説明できることはある。

しかし、この平和な時代に犯罪者と縁のない生活を送っている「まっとうな人」には、
おそらく、犯罪者であっても人権を保障しなければならないという発想は理解できないだろう。

せいぜい、弁護士が自分の行為を正当化するために
適当な理屈をつけてるんじゃないかと思われるのが関の山である。

それなら、こちらは法律に基づく制度に従って淡々と仕事をするだけだ。

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そもそも、日本の刑事弁護事件というのは大部分が国選弁護事件であり、
国選弁護は、弁護士の仕事の中では報酬効率の良くない仕事である。
実際、都会の中堅以上の弁護士ではほとんど刑事弁護をやらない弁護士が多い。

中には刑事事件が好きで好きで仕方ないという弁護士もいるだろうが、
多くの弁護士は、事件がたくさんあるので仕方なくみんなで分担しましょう、という発想である。

もし、憲法が改正されて「犯罪者には人権規定は適用されない」ことになり、
刑事訴訟法1条から「個人の基本的人権の保障」が削除されれば、弁護士は、
被害者を敵に回して世間から叩かれる刑事弁護という仕事から解放されるだろう。

もしそんな事態になれば、日本が江戸時代に逆戻りした、ってなことで
世界中から嘲笑を浴びることは間違いないが。

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ところで、テレビで報道されるような大事件では、
弁護人の法廷戦術、例えば心神耗弱の主張などが非難されることがある。

弁護士は裁判のプロであり、弁護人として選任された以上、
決して手抜きは許されず、被告人にとってベストの弁護をする義務がある。

心神耗弱の可能性があれば、弁護人は精神鑑定を裁判所に要求するのが当然であり、
むしろ、要求しなければ弁護士会から懲戒処分を受ける可能性さえある。

そして、精神鑑定を採用するかどうかを決めたり、
心神耗弱の主張を認めるかどうかを判断したりするのは裁判所であり、
理由がない場合は裁判所が認めなければそれで済む問題である。

たまに、弁護士から見ても、明らかにおかしな主張をしている弁護人もいるが、少なくとも、
精神鑑定を要求したり、心神耗弱を主張したりする弁護人を非難するのは完全な筋違いである。