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オレは常識という言葉が大嫌いだ。
【常識=ふつう】
というのはおおげさかもしれないが、【ふつう】というのは人の数ほどある。
どうしても人間の社会というものは、【ふつう】という観念をうちたて、それに従うことを我々人間に強制がちに押し付けてくる。何が【ふつう】であるかというのは時代と共にかわってきてるやん。
人によっても違います。
何よりもどのような人を愛し、どのような形で生活して自分をどのように広げていくか、これは全ての人に与えられた能力でありまた、権利であると思います。
オレは言いたいことがある。それはなにか。
誰にでも自分自身になる権利があるということ。
福祉施設や病院で働くオレ達はHIVの問題、ライフスタイルの問題というのは人事ではない。
お前らが使ってるコンピュータ、すばらしい機械やろ。
オレは卒業後すぐにコンピュータ会社に入り今で言うSEをやっていた。
しかし今とあの頃はまったく違った。今はITだのもてはやされ給料もそこそにいいかもしれないが当時全然や。
オレの部屋には会社と自宅のPCを繋ぐダム端があり、夜間バッチ中にエラーが起こればポケベルが鳴り、外で友達と飲んでいてもすぐさま家に帰り自宅からエラーの修正を朝の会社が始まるまでにしなければならず全く遠くに遊びに行くこともできない状態だった。まあ愚痴はさておき。
このコンピュータのモデルを作った、天才数学者がいました。
アランチューリング。まぎれもない天才です。
彼はゲイやった。
当時のイギリスではゲイは病気であり罪であると考えられいた。
この為アランチューリングは強制的に病院に入院させられて措置をうけた。
そのことが原因でアランチューリングは自殺してしまった。ホンマに驚くべき天才数学者やった。
しかし、彼は当時のイギリスの社会から【ふつう】であることを強制されて自らの命を絶ってしもた。
枕元に知恵の象徴である1個の青りんごの実を残して。。。
もう一人の自分であることをもとめ続けた表現者のことをお話しましょう。
オスカーワイルド。アイルランドに生まれてイギリスで活躍した劇作家であり、批評家でありこのオスカーワイルドもまたゲイやった。
彼は当時のイギリスの貴族社会の中で非常に派手な振る舞いをしてそのことによって人々の注目を集め多くのまた天才的作品を残したんやけど彼の没落は、彼が当時の社会の中では普通と考えれている生活スタイルを選ばなかったために端を発してんな。
彼が恋人としていたある貴族の息子、その人の関係がスキャンダルとなって彼は裁判にかけられ有罪となり投獄されてしまった。
オスカーワイルドが獄中で書いた手記は今でも自分であることをもとめつづける男にとっての、あるいは女にとっての、あるいはその他の全てのジェンダーにとってのバイブルとなっている。
彼は書いた。国会議員になりたい人、銀行家になりたい人、成功した商人になりたい人。
そういう人は全て自分以外の何かになろうと求めている。そういう人は仮面をかぶる事になる。自分以外の何かになろうとする人は必ず成功する。しかしそれは彼らの罪でもある。また罰でもある。そういう人達は一生仮面をかぶり続けなければいけない。
一方、自分自信になろうとする人は自分がどこに行こうとするかわからない。わかることができない。なぜなら、私達は空の天体の軌道は計算できるけれども自分の魂の機動は計算はできないからだ。このようにオスカーワイルドは言ってる。
オレは思う。
自分自身であろうという、そういう願いを抱いた人がその結果、しだいに自分の内なるさまざまなものに気づいていって結果としてある時代の社会において【ふつう】ということから外れてしまったとしてもそれは彼、ないしは彼女の魂の機動の結果であって、その事を誰にもとやかく言われる筋合いはない。
しかしオレらは、やはりそのような人間の魂の自由の成り立ちということを未だにちゃんと理解してへんのとちゃうか。だから悲劇は繰り返され、流されなくてもいい涙が流されるんやないか。
オレはオレ自身として何度も言う。常識はきらいや。
【ふつう】というのは人の数だけあんねん。
ほんで誰にでも自分の魂の軌道を追求する権利があんねん。
例えそれが自分でも思いもかけないような新しい世界にオレ達をつれていくとしても。
またな。
オレは常識という言葉が大嫌いだ。
【常識=ふつう】
というのはおおげさかもしれないが、【ふつう】というのは人の数ほどある。
どうしても人間の社会というものは、【ふつう】という観念をうちたて、それに従うことを我々人間に強制がちに押し付けてくる。何が【ふつう】であるかというのは時代と共にかわってきてるやん。
人によっても違います。
何よりもどのような人を愛し、どのような形で生活して自分をどのように広げていくか、これは全ての人に与えられた能力でありまた、権利であると思います。
オレは言いたいことがある。それはなにか。
誰にでも自分自身になる権利があるということ。
福祉施設や病院で働くオレ達はHIVの問題、ライフスタイルの問題というのは人事ではない。
お前らが使ってるコンピュータ、すばらしい機械やろ。
オレは卒業後すぐにコンピュータ会社に入り今で言うSEをやっていた。
しかし今とあの頃はまったく違った。今はITだのもてはやされ給料もそこそにいいかもしれないが当時全然や。
オレの部屋には会社と自宅のPCを繋ぐダム端があり、夜間バッチ中にエラーが起こればポケベルが鳴り、外で友達と飲んでいてもすぐさま家に帰り自宅からエラーの修正を朝の会社が始まるまでにしなければならず全く遠くに遊びに行くこともできない状態だった。まあ愚痴はさておき。
このコンピュータのモデルを作った、天才数学者がいました。
アランチューリング。まぎれもない天才です。
彼はゲイやった。
当時のイギリスではゲイは病気であり罪であると考えられいた。
この為アランチューリングは強制的に病院に入院させられて措置をうけた。
そのことが原因でアランチューリングは自殺してしまった。ホンマに驚くべき天才数学者やった。
しかし、彼は当時のイギリスの社会から【ふつう】であることを強制されて自らの命を絶ってしもた。
枕元に知恵の象徴である1個の青りんごの実を残して。。。
もう一人の自分であることをもとめ続けた表現者のことをお話しましょう。
オスカーワイルド。アイルランドに生まれてイギリスで活躍した劇作家であり、批評家でありこのオスカーワイルドもまたゲイやった。
彼は当時のイギリスの貴族社会の中で非常に派手な振る舞いをしてそのことによって人々の注目を集め多くのまた天才的作品を残したんやけど彼の没落は、彼が当時の社会の中では普通と考えれている生活スタイルを選ばなかったために端を発してんな。
彼が恋人としていたある貴族の息子、その人の関係がスキャンダルとなって彼は裁判にかけられ有罪となり投獄されてしまった。
オスカーワイルドが獄中で書いた手記は今でも自分であることをもとめつづける男にとっての、あるいは女にとっての、あるいはその他の全てのジェンダーにとってのバイブルとなっている。
彼は書いた。国会議員になりたい人、銀行家になりたい人、成功した商人になりたい人。
そういう人は全て自分以外の何かになろうと求めている。そういう人は仮面をかぶる事になる。自分以外の何かになろうとする人は必ず成功する。しかしそれは彼らの罪でもある。また罰でもある。そういう人達は一生仮面をかぶり続けなければいけない。
一方、自分自信になろうとする人は自分がどこに行こうとするかわからない。わかることができない。なぜなら、私達は空の天体の軌道は計算できるけれども自分の魂の機動は計算はできないからだ。このようにオスカーワイルドは言ってる。
オレは思う。
自分自身であろうという、そういう願いを抱いた人がその結果、しだいに自分の内なるさまざまなものに気づいていって結果としてある時代の社会において【ふつう】ということから外れてしまったとしてもそれは彼、ないしは彼女の魂の機動の結果であって、その事を誰にもとやかく言われる筋合いはない。
しかしオレらは、やはりそのような人間の魂の自由の成り立ちということを未だにちゃんと理解してへんのとちゃうか。だから悲劇は繰り返され、流されなくてもいい涙が流されるんやないか。
オレはオレ自身として何度も言う。常識はきらいや。
【ふつう】というのは人の数だけあんねん。
ほんで誰にでも自分の魂の軌道を追求する権利があんねん。
例えそれが自分でも思いもかけないような新しい世界にオレ達をつれていくとしても。
またな。