先日、息子が中学時代の友人と久しぶりに会いました。

お互い高校生活について話が弾んだ模様。

 

ただ

ある友人が、高校で孤立しているらしい。

 

 

小さいころからよく知っている子

少し幼いところがある、個性的な子

でもそこが面白くて、みんな受け入れていたし

だからこそ息子も仲良くしていたんです。

 

 

「なんであいつの良さがわからないのかなー」

 

息子は言っていた。

ホントそれ。

 

 

そもそもなんで孤立してしまうのか???

 

 

新しい環境では誰もが緊張していて

ましてや「高校」となれば知り合いもいなくて

みんな自分のポジションを作ろうと必死。

意識しているかどうかは別として

周囲との距離を測りながら

新しい環境に馴染もうとしている。

 

 

そうしているうちに

個々のキャラクターだけでなく

段々と集団にも「キャラクター」が生まれてしまう。

それが自分と合えばいいのですが

不運にも合わないと孤立してしまうのかもしれない。

 

これって運次第なのではないか?

 

 

現に息子の友人は何も変わっていない。

属する集団が違うだけ。

中学で受け入れられていた個性が

高校では浮いてしまった。

 

その違いを生むのは、集団による「空気」じゃないかと。

 

厄介なのは、その空気には明確な犯人がいないこと…

誰か特定の人の問題なら、対処がしやすい。

けれど

一度その空気になってしまったものを変えるのは簡単ではない…

 

 

だからこそ、そうなる前の先生の役割は大きのだけれど

見て見ぬふりをしたりして、

結果的にその空気を助長することになっているとしたら

残念でなりません。

 

 

 

高校生にもなれば、

もう少し人間関係もドライになると思っていました。

 

自分の将来のことが大きなウエイトを占めるようになって

自分に関する悩みの方が大きくなるんじゃないのかな?

 

高校生にもなって

そんな子供じみた仲間外れなんてしないだろうと

思ってたから、とてもびっくりしました。

 

 

 

息子と話したことは

努力で解決できることもあるけれど

どうにもならないこともあるということです。

 

 

理不尽だし、彼を知っている私としては

腹立たしいし

なんなら学校に文句を言いたいくらい

 

 

 

でもそこで終わってはダメなんじゃないか?

と思ったのです。

 

 

 

息子と話したことは

自分の居場所を選べる力を身につける

ということ。

 

今いる場所で認められようとするより

自分に合う場所を選ぶ

高校生にとって、その力の一つが勉強じゃないかということ。

 

今いる場所が

世界のすべてではない!

 

 

 

 

友人とは

また会う約束をしたそうです。

 

 

 

 

今日も最後まで読んでいただきありがとうございます!