最近、この言葉が人との会話上で話に出るコトが増えてる気がする。
ビジネスシーンでは、単に繁盛してるか、衰退してるか を意味すると思うけど、
最近の凶悪事件の容疑者のように「人生負けっぱなしだった」なんて・・・
でも、「勝ち負け」を強く意識するってことは、その時点で他人のせいにしてるのでは?
そもそも、生きて上で物事は「上手いかない事」のほうが絶対に多いと思う。
ビジネスだって全く同じ。
例えば、「勝ち組」をセレブと呼ばれる方々を意味するなら、
その多くは、「たくさん負けてきたけど、一つ大きな勝利を経験出来た」。
ただそんなもんじゃない?
エジソンだって、ランプを完成させるまで、途方も無い失敗を繰り返して、やっと完成できた人。
ライト兄弟だって、何度も試験飛行を失敗して、やっと飛行機の原型を完成させた。
世の中、そんな簡単に「勝ち組」になれるなら、そんな言葉さえ生まれてはいないと思う。
ネットが普及して、情報収集や趣味を簡単に楽しめる現代の中、
云わば「隣の庭」も簡単に覗ける時代になってしまった。
「勝ち組」がただ単に目立ちやすい環境になっただけだという事を、決して忘れてはならない。
いきなり大きな「勝利」を狙っても、それは絶対に「敗北」する。
自分に出来る範囲で+αちょっとトライしている。
小さな目の前の「勝利」をたくさん勝ち取れば、いつかは必ず「大勝利」を経験できると思う。
しかし、小さな「勝利」を狙っても、きっとそこにはたくさんの「敗北」もあると思う。
でも、それがきっと「小さな敗北」に変われる日がきっといつか訪れる。
なんでもそうだけど、「また失敗するかも」より、「今度は勝利するだろう」・・・
ちょっとした幸運へのシュミレーションってとても大切![]()
運転免許試験場で教育される=「だろう運転」を、
人生のハンドルでもシュミレーションする事がとっても大切![]()
先日、ここ最近の凶悪犯罪の心裡的な問題を社内で話し合ってました。
弊社はIT企業だけど、結論からすれば=「ネット社会が生んだ狂気」だと。。。
誹謗・中傷問題もそうだけど、「顔が見えない」「個人が特定できない」・・・
だからと云って、ネット社会で生きる架空の自分を、現実に持ち込んでは絶対にならない。
僕は、取引会社との業務連絡は「メール」が中心。
でも、社内で問題が発生した場合は、できるだけ「電話」で話す事を心掛けています。
これは、僕のプライベートでも同じ。
誰かと喧嘩しちゃったりしたら、出来るだけ「電話」で解決を試みます。
「メール」はサイレント
謝る場合のツールとしては、「口頭」より勇気が要らないはず。
日々、このような慣れがコミュニケーション不足を生み、
そして、「生きる寂しさ」を増やしてしまっている事だろう。
ネットが無かった頃は、「オタク族」と呼ばれる人々も、
情報交換の為に仲間と会い、コミュニケーションを欠かさなかった。
しかし、ネットが普及したことで、行動する必要性が減り、
己の世界だけで生きる人々を増やしてしまった。
人は孤立すればするほど、周りの全てが敵に感じる妄想を抱き易くなってしまう。
「俺だけが負組」・・・そんな気持ちを社会へ向けた狂気が、凶悪犯罪を生んでしまう。
勝ち組 負け組 なんて言葉も、
日々のコミュニケーションが減少した社会環境が具現化してしまった
くだらない言葉だと思う。