続・父の日の話 | 練馬ではたらく社長のアメブロ

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音譜父の日の私の記事にたくさんのコメントやメッセを頂き、心から感謝してます☆

 

ココでちょっと、父のお話・・・

 

 

私の父、某大手メーカーの販売会社の重役に務めていました。

 

私、東京生まれですが、小学校2年~中学2年まで・・・父の会社の辞令により、

新潟へ家族ごと飛ばされました。

父の役目は、新潟での営業開拓。。。つまり新潟の支社長として・・・

転勤のコトを聞かされた時、スゴくショックで父を許せませんでした;;

でも、当時、父は我が家において、絶対服従な大きな存在で、僕が反論できるような存在では無かった;;

肘付いて、食事した途端に、箸でピシっ!! ってな怖い存在で、完全に亭主関白な家庭。。。

 

実際、新潟に転勤してみると、当時はまだ自然も多く、幼少期の私には多くの刺激がありました。

 

まぁ、あえて大きな衝撃を受けたコトとすれば、「方言」のコト・・・

転校した先で、初めて聞いた「方言」には、大きな戸惑いがありました;;

転校先では、当然、転校生にはツキモノの「イジメ」にも遭いました;;

でも、その案件は直ぐに持ち前の性格でクリア・・・デス♪

小学校へは、僅か1分のところに住んでたんですが、中学になると通学に徒歩40分;;

これはかなりシンドイ境遇でした;;

新潟市内在住とはいえ、冬には積雪が^^; でも、そんな体験も全て楽しんでた幼少時代でした。

用水路で「ゲンゴロー」を採ったり、沼で「鯉」を釣ったり、海岸で「キス」を釣ったり・・・

スゴく貴重な体験をしました。釣りは全て父に教わりました♪

当時、まだ護岸工事も進んでいなかった「新潟東港」での夜釣りとか・・・今でも良き思い出です♪

 

父はとにかく怖い存在だった・・・中学時代に何度もコブシを交えそうな事態も遭ったケド、

 

僕には父に手を上げる勇気はやっぱり無かった。。。

 

高校受験に際し、私だけ先に東京へ・・・祖母の家に先に帰りました。

 

その間に、実家を新築♪

私が高校に入学する頃には、家族揃って一緒に新潟から東京へ帰る事ができました。

 

僕が、音楽に命を掛けたのはその後・・・

 

元々、ピアノを習ってたコトもあって、音楽の感性には自信があった。

実姉は既にピアノの講師になり、親戚に某音大の理事が居ることもこの頃に知った。

 

結局、大学へは通わず、音楽バカの人生まっしぐら(猫まっしぐらと一緒!!)

 

スタジオ代も稼がないとならなかったので、BARでまずは毎日アルバイト。。。

 

当時、ちょっとしたキッカケで知り合った彼女(当時高校生)と同棲。。。

 

実家にはほとんど帰らずに、スナックやBARでアルバイトする日々が続いてた。。。

 

そんなとある日。。。父はアルバイト先に突如来店した@@!!

 

ホントに久ぶりに会ったし、いきなりの出来事で戸惑った記憶を今も忘れていないほど;;

父は「お前が心配だから・・・」と云った。

でも、父は怒って無かった感じで、心から俺を心配して来店したようだった。。。

 

この時、初めて父への気持ちが変わったんだ♪

 

俺のお父さんだから、当然、心配してたんだよね・・・って。

 

この時まで、既に多くのコンテスト等で僕は音楽業界での成果をあげていた。

 

きっと、父はそんな俺を温かく見守ってくれる一人になってたんだと思う。

 

正直、この瞬間、父の顔を直視できないほど、僕は顔を上げられなかった。

 

「元気に頑張ってるだな!!」って云われて、返す言葉に困った記憶がある。。。

息子ながら、初めて父が俺を一人の大人としてどこか認めてくれてるって感じた瞬間でした。

 

この日を期に、父への想いが大きく変わりました。

 

いつか・・・恩返しできたらって。。。

 

私がサラリーマンとして、ある程度の地位で頑張ってた頃になると、

 

父は定年退職。。。当時、私が管理してた店舗でアルバイトしてもらう事で父の退職後の仕事を確保。

僕も中間管理職ながら、父の再就職先を確保出来た事でちょっとした親孝行出来た次第です。

 

この頃かなぁ・・・父と本音で男同士の会話が出来るようになったのは。。。

 

私が結婚→離婚する結果になった事も今まで一切、口を挟んだ事が父には無い。

ふと冷静に今までの父の存在を振り返ると・・・今はもう男同士なんだって。。。。

正直なところ、このブログではどうしても暴露出来ない事情が私にはあります。

 

こんな父親が今、歳を重ね、幼少期の怖い父では無く、

 

スゴく優しい存在になった事は云うまでもありません。

年々、歳老えてく父を日々必然的に感じてはいます。

あえて、大きな身体のトラブルが無いコトを安堵に感じる今日この頃です。

 

「企業戦士」であり、家庭で絶大な権力を持ってた父が、年齢と共に優しい存在になったコト。。。

 

ちょっと嬉しい反面、この先の父の人生を再び「企業戦士」で居させてあげたいと思ってた結果、

今回、多くの方々のご厚意で父の仕事が再び確保できた結果となり、

心からこの全ての境遇に今、私は感謝しています。

 

父は「お酒」が大好き!! 大好きな「お酒」を自分で稼いだお金で飲めるコトって、

 

きっと一番幸せを感じる人だと思ってる。

 

僕は自分の生きる道を勝手に突き進んできた。

 

ただ、先日のように、帰る実家があって、酒を飲み交わす父が居てくれるコト・・・

こんな歳になってで遅いかもだけど、怖かった「企業戦士」であった父に感謝してる。