下関特有の傾向なのか、
全国的にそうなのか分かりませんが、
近現代下関の俳人には、医師が多い気がします。
このブログで既に句碑をご紹介している、
西尾其桃・桃支親子のほか、
下関市長や参議院議員も務めた木下友敬や、
内日村長も務めた大田幽渓も、
市内に句碑を残す俳人であり、医師でもあります。
今日ご紹介する句碑を遺した俳人も、
また、医師でもありました。
下関市豊田町の神上寺入口。
仁王門の前庭にある、船石恵月の句碑です。
「世事遁れ 来て山坊の 秋の声」
船石(五采坊)恵月は、昭和期の豊田俳句界に
多大な功績を残した人物です。
碑は昭和39年(1964年)に建てられました。
神上寺の場所はこちらです。