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MIYUKI&KAMIOのつぶやきと陶芸のブログ

陶芸家の夫である尾形香三夫は、2022年に他界しましたが、タイトルをそのままにして、今後も夫婦の思い出を交えて、書いていきたいと思います。

 

ここは本当に北海道で7月?という蒸し暑さが続いています。

 

本当にこれからが夏本番なのでしょうか?

 

夏が早く来てしまって、秋が早まるってことにはなる事を祈りたいです。

 

久し振りの「私の昭和」。

 

最近は何かと昭和が注目を集めているようで、昭和を題材としたドラマや歌などを目にしますね。

 

パンの話なのですが、今は沢山のパン屋さんがあり、それぞれのウリもあり、お客としては選り取り見取りと言った感じです。

 

私の昭和の時代、お店に売っていたのは、パンといっても蒸しパンでした。

 

私の母はそれがお気に入りで、時々甘納豆入りの草鞋のような形の蒸しパンを買ってきていました。

 

でも、少し時間が過ぎるとあっという間に硬くなり、そうなったら、ご飯を炊いた時、蒸らす時に硬くなった蒸しパンを投入して柔らかくしていました。

 

パンと聞いて一番に思い出すのは、学校給食で食べた、大きくてパッサパサのコッペパンでしょうか?

 

口が肥えた今の子どもたちはこれを食べる事が出来るかな?

 

 

学校給食のコッペパンでよく話題にのぼる「揚げパン」のようなものは私の時代にはまだありませんでした。これが出てきたのはもっと先の話です。

 

それでも徐々にではありましたが、硬いコッペパンが柔らかくなり、時には出来立てっぽいふわふわな時があったり、角食3枚とジャムという組み合わせの時も出てきました。

 

パンというものがまださほど一般的でなかった時に、私の父が角食(北海道弁で今のトーストをいいます。四角い食パンのこと)を買ってきました。

 

その当時はトースターというものは無く、電熱器の上に網をのせて焼いたのです。

 

マーガリンというものがなかった時代、パンに付けるのは当然バターです。

 

冷蔵庫も無かったので、バターもほどよい柔らかさ。

 

少し焦げが強めの角食にバターを塗る。

 

サーっとバターがパンの上で融けて、とてもいい香りが漂いました。

 

サクッとひと口食べた時のあの感激は忘れられません。

 

パンってこんなにも美味しいものなのか、、と。

 

食レポをしているつもりはないのですが、今でもその時の情景が目に浮かびます。

 

「角食(かくしょく)」が北海道弁である事も知りませんでした。

 

多分この角食が、人生の中で一番美味しかったパンかもしれません。

 

食べるものもお金さえ出せばなんでも食べられる時代、食べ物が溢れすぎて捨ててしまうような時代。

 

一見豊かで幸せのように見えますが、物が充分に無かった時代に生まれ育った私は、食べ物を選ぶ、なんてとんでもない、親が与えてくれたものはなんでも食べました。

 

三姉妹でしたが、時には食べ物の取り合いで喧嘩をする事もありました。

 

それがいつの時からでしょうね、私も確かに言っていました、子育ての時に、

 

「あら、よく食べたね、偉いね~」って。

 

いつから、子供が残さず食べた事に「偉い!」と褒めるようになったのでしょう。

 

私たちは、心に残る美味しいものが思い出の中にあるという、最後の世代かな?