学習というよりは趣味の世界となってしまっている、私の英語学習。
想えば長きに渡ってチンタラとやってきたものです。
中学校で初めて「英語」という科目に接した時の興奮と喜び。
新しもの好きで直ぐに飛びつきました・・・が、離れるのも早い私。
英単語のスペルは、一つ一つ暗記しなければならない事が分かって、ガーン!
漢字を覚えるのも大変なうえに、英語の単語?
更に当時習った英語のスタートと言えば、
This is a pen.
That is an apple. (これを先生が、ディス イズ アンニャポーと発音していたのが印象的でした。)
これはペンです、 あれはリンゴです、と見れば分かりますと言いたくなるような例文。
教科書に出てきた初めてのダイアログの「スージー&トム、そして彼らの親であるブラウン夫婦と犬のブラッキー」、ごめんなさいね、さようならですと、遠ざかってしまいました。
英語に限らずなのですが、与えられるより、自らその必要性を肌で感じると、がぜんやる気が出てきて、それは喜びや楽しみに変化するものです。
私の英語がそうでした。
初めての海外旅行が、私の「英語」に火を付けました。
あるあるの話ですよね。
途中の長い休憩もあったりはしましたが、そこそこに楽しみながら続いています。
朝ドラの「カムカムエヴリバディ」でもお馴染みのNHKのラジオ英語レッスンは、本当に長期に渡って放送していますが、私は大人になってから活用しだしました。
ラジオ英会話を担当している大西先生が、何度も言っているお決まりのセリフ
「英語は配置の言葉 どこに置くかで意味が決まる」
「説明は後ろに」
中学、高校の授業ではこのような教えられ方をした記憶がなく、
これを聞いた時は、改めてなるほどと思いました。
しかしこの年になって先が見え始めると、改めて何のために英語をやっているのかな?と思ってしまうのも事実です。
しかしここまで書いていて、大事な事を思い出しました。
英語の喋れるおばあちゃんになって、孫から「英語知っているんだ、凄いね」
と言われたかったからでした。(笑)
そうでした!
しかしその孫も近くにはいないし、それよりなにより、新しい事を覚えるよりも、様々な記憶が恐ろしいスピードで脳みそから流れ出ていく今日この頃、日本語も忘れていくのに、英単語は留まってくれるなんて奇跡はあろうはずもない。
私の夢は、無謀だったのか?
孫たちが尊敬の眼差しで私を見つめるどころか、最近は「ボケないでね」なんて心配される始末です、ハイ!
