戦争が起こって思い出す事(私の昭和22) | MIYUKI&KAMIOのつぶやきと陶芸のブログ

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陶芸家の夫である尾形香三夫は、2022年に他界しましたが、タイトルをそのままにして、今後も夫婦の思い出を交えて、書いていきたいと思います。

  
               (Pinterestより)

 

Miyuki です。

 

起こってはならない戦争が、再び全く理不尽な形で起こってしまいました。

本当に、人間ってやつは・・と思ってしまいます。

 

昭和、私が多感な時期に、ベトナム戦争が10年に渡り続きました。

 

高校生の時に、ある授業で

「正義の戦争は存在するのか?」

というテーマで、グループ討論をするように言われました。

今でも覚えているという事は、とても印象深い討論になったのでしょう。

ガンジーの無抵抗主義などの話も出たのですが、最後の最後に

「だけど、何故戦争が起こるのだろうか?悪い事をしなければ、襲ってくることもないはず」

という実に素朴な疑問に、みんなそうだよね、と頷きました。

 

その後、大人たちの起こす戦争は、理不尽で不条理であることが分かりました。

 

あのベトナム戦争は、私の記憶が正しければ

「象と蟻が戦うようなもの」

と、戦争が勃発した時は言われてました。

象は勿論アメリカです。

数日で決着がつくはずだったのでしょう。

ベトナム人が繰り広げるゲリラ戦と、アメリカ国内を始め、各国で起こった反戦運動で、アメリカはようやく手を引きました。

 

力関係は、今のウクライナとロシアの戦争に似ている気がします。

 

また、「大量破壊兵器が隠されている」といって、イラクに攻め入ったアメリカ。この構図も、「核兵器を製造している、生物兵器を研究している」という事もあって攻め入っている今の構図に似ています。

 

私はまだ生まれてはいませんでしたが、あの太平洋戦争では、日本の大本営発表だけの、日本に都合のいい情報だけが流れていました。

 

現在のロシアの状況と重なります。

 

国鉄マンだった義父は、中国南方に、鉄道の補修などのために出兵していたのですが、晩年によくこの話してました。

 

「俺たちの班は中国人ともとても仲良くやっていた。それなのに、日本が負けると分かった途端、手のひらを返したように、反抗的になり、悪態をつき、変貌し、仕事にも出てこなくなった、仲良くやっていたと思ったけど、なんでだろう?」 

と不思議そうに話してました。

義父の認知症も進んでいたので、戦争の話をするたびに、何度も出てくる話でした。

私の母親も言ってました。

「毎回、大本営は、勝っている、勝っているというニュースしか流していなかった。嘘ばかり言っていた」

こういう事もあり、この世代の多くの人たちは、おいそれと、お上の言うことを単純には信じなくなりました。

 

中国のために、東アジアの解放のために戦うと信じ込まされていた兵隊や国民は、戦後この戦争の本当の意味、姿を知った時の気持ちは、どうだったのでしょうか?

この事も、これからのロシアの兵隊や国民が抱える問題になる事でしょう。

100%負けると分かっていた戦争に、

「進め、一億火の玉だ」

と言って、戦場に送り出した日本。

 

「権力・力」が集中するという事は、怖いですね。

間違って使うと、歯止めが利かなくなり、本当に恐ろしいものだと改めて気づかされます。

 

今の日本は平和ですが、もし、きな臭くなってきた時、権力で、一気に物も言えない世界に変える事が出来る、そんな法案が既に通されている事を、忘れてはいけませんよね。