みかん(私の昭和21) | MIYUKI&KAMIOのつぶやきと陶芸のブログ

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陶芸家の夫である尾形香三夫は、2022年に他界しましたが、タイトルをそのままにして、今後も夫婦の思い出を交えて、書いていきたいと思います。

 

Miyuki です。

 

これからまだまだ雪に悩まされるのですが、そろそろ「春よ来い!」といった気持ちが強くなってくる時期でもあります。

 

日が少しずつ長くなり、日差しがちょっと強くなり、春への憧れがグッと湧いてくるのでしょうね。

 

さて私が子供の頃、ミカンは贅沢品で、お正月を迎える時に、父親が小さな木箱にきれいに並べて入っていたものを買ってきたものでした。

 

その代わり、リンゴは庶民の味方でした。今こそ高級リンゴが出回っていますが、当時はみかんよりもリンゴが多く食べられていました
冬の間は、もみ殻がいっぱいの大きな木箱の中に、凍れないようにリンゴが入っていました。

もう残り少なくなってくると、もみ殻の中をグルグルとリンゴを探します。

もう完全に無いね、と言ってもみ殻を外に出すと、必ず一個くらいはポロリと出てきたものです。

 

時代も変わり、ミカンが今の様に食べられるようになると、段ボールに入ったミカンを買うようになります。

 

食べ盛りで、ミカンやリンゴなど果物大好きの私は、親や姉妹の目を盗んでは、ミカンの置いてある部屋にこっそり行っては、一つ、また一つと、と食べていました。

 

ある時、友人の家に行ったときに、家族全員がミカンの段ボールを取り囲んで、何かをやっていました。

 

みんな片手に思い思いの袋を持ち、順番にミカンを入れているのです。
少しでも大きくて美味しそうなミカンを選んでは、自分の袋に入れていくという作業を、無くなるまでやるのです。

つまりその家では、そのシーズンに食べるミカンを、平等に分けて、自分で管理するのです。

その家庭その家庭で色々なルールがあるのでしょうが、それを見た時は、なんと変わった家なんだろうとビックリしました。

しかし私は。自分が食べたい時に食べたいだけミカンを食べる事が出来るその方法が、なんともこの上なく魅力的に映りました。

家に帰るなり、即この方法を提案したのです。

 

父親は笑いながら、
「面白いね、でも本当にそれでいいの?ひょっとするとお前が一番損をするかもしれないよ」

 

今の私はその意味がよく分かりますが、当時は、隠れてこそこそ食べることなく、目の前にある沢山のみかんを好きなだけ食べる事が出来る、という目先の幸福感だけが脳みそを覆っていたのです。

 

「それじゃ、我が家でもやってみようか、その方が助かる」

 

私は嬉々として袋いっぱいになったみかんを抱え、満面の笑みを浮かべ幸福感に浸っていました。

 

私のみかんをどこにしまっておこうか・・・

 

こんな私でも、自分専用のみかんとなると、ばか食いせずに大切に食べようと、殊勝な事を考えていたのも確かです。

 

しかしその後、この計画が自分にどのような悲惨な結果を招いたかにみなさんの想像の通りです。

 

殊勝な考えなんて、あっという間に消え去り、誰よりも早く数日間で失ってしまった私のみかん・・・むなしく残る空っぽの袋・・・
その虚しさが詰まった空の袋を持って、親、姉妹の周りを物欲しそうに・・・

 

分けてもらうために、いとも簡単に捨ててしまう自尊心・・

 

自分に与えられた自由のみかんが、私の愚かな人間性を、みかんの皮を剥くように、あらわになっていく・・・

 

 

ああ、みかん、されど みかん   でした!