『優雅』貧困症候群 | MIYUKI&KAMIOのつぶやきと陶芸のブログ

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陶芸家の夫である尾形香三夫は、2022年に他界しましたが、タイトルをそのままにして、今後も夫婦の思い出を交えて、書いていきたいと思います。

MIYUKIです。

 

もう少し若かった頃は、年を重ねていくとそれなりに落ち着きと、気持ちのゆとりのようなものが生まれてくるものだろうと単純に考えていました。

 

時折目にする雑誌などに、紅茶を片手に木漏れ日の中で、読書やお喋りを楽しんでいるご婦人の写真を目にすると、

 

『私もいずれこのように時間に余裕が出来たら、お茶したり、お喋りしたり、映画に行ったりという優雅な時間を持てるようになるんだわ・・・』

 

などと、なんの根拠もない期待に胸を膨らませていました。

 

子育てはとうの昔に終え、義理の両親の見送りも済ませ、どう考えても以前よりは時間の余裕は確実に増えている・・・はずなのに・・・私には一向に「優雅」というものがやってこない・・・

 

といいますか、「優雅」から真逆の方向に激走している感じです。

 

友人との優雅なお喋り・・・

 

いやいや、口角から泡を飛ばすがごとく・・・がいつものパターン。

 

ランチ、これまた

 

「あっちが美味しい」  「いやいやこっちの方がリーズナブル」

 

挙句には、私のを少し上げるから、それちょっと食べさせてね・・

 

ワイワイガヤガヤ・・・がいつものパターン。

 

これはこれで楽しいので、まぁ問題はありませんが、問題なのは私の時間に対する貧欲さにあるようです。

 

二つ以上の事を同時に進行させなければ、気持ちが落ち着かず、ちょっと時間に余裕が出来ると、何かせねばという強迫観念。

 

ま、分かりやすく言うと、単なる貧乏性ということなのでしょう。

 

貧乏だけと心は優雅・・であれば問題ないのですが。

 

時間に余裕が出来たら「優雅」になれると思ったのは、大きな間違いであった事に気づきました。

 

生まれながらの性分なのか、育ちなのかは分かりませんが、余裕が苦手のようです。

 

生活の中で、ふっと時間の余裕が出来ると、優雅な気分になるどころか「焦り」が生じてきます。

 

『私が優雅は似合わない・・』

 

『私には今やるべきことが沢山あるはず・・』

 

そんな思いに駆られている時に、脇から

 

「なにボンヤリしているの、早く昼寝しておいで」

 

と、夫の声。

 

そう、確かに昼食の後は私の大事なお昼寝タイム。

 

 

ボンヤリと優雅の間には、天と地ほどの違いはあるけれど・・・

 

優雅にはなれないけど、ボンヤリに昼寝・・・実に庶民的だな~