思い出話に花が咲く | MIYUKI&KAMIOのつぶやきと陶芸のブログ

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陶芸家の夫である尾形香三夫は、2022年に他界しましたが、タイトルをそのままにして、今後も夫婦の思い出を交えて、書いていきたいと思います。



 

MIYUKIです。

みなさんは、お盆をどのように過ごされたでしょうか?

私は、一日だけ札幌の実家に行ってまいりました。

両親は私の妹夫婦と同居していて、皆でお昼ご飯を食べながら、いつしか話が自分達の子供の頃の思い出話となりました。

その話の内容も、大きなイベントだとかの思い出ではなく、日常のささやかな出来事・・・

今とは違いまだまだみんなが貧しい時代、話の内容は自然と食べものにまつわる話になっていきます。

当時、とても貴重だったバナナ、父親がある日グローブのようなバナナを買ってきた事が、嬉しくて、嬉しくてと妹が話し、私は保育所のお弁当にと、たった一個しか持っていかなかったおにぎりを、先生が「味見」だと言って一口食べられてしまったことがとても悔しかった・・・と実に小さな小さなこと・・・

しかしその小さな思い出話でも、皆が同じ事を記憶していることがありました。


お祭りの日。

家に帰る時に父親が子供たちに尋ねました。

「大きなスイカを一個買って帰るのと、皆でお寿司を食べて帰るのとどっちがいい?」

子供3人全員が

「お鮨!」

しかし、そこにはどういう訳かお母さんの姿がありません。

お鮨屋さんに居る事が分かるのだろうか?と思っていたら、突然お母さんが入ってきたのです。

子供心に、どうして分かったのだろうか?と不思議に思いました。


これは私の記憶。

どういうことでしょうか?お父さんと姉妹3人で、お祭りの帰り道にお鮨屋さんに寄った所までは、全員同じく記憶しておりました。

しかし、最後の部分の記憶が人それぞれ違うのです。

つまりその場に母親が居たのか居なかったのか・・・

私は、母親が店に入ってきたという情景がハッキリと焼きついています。

しかし、妹は家で留守番していたと言い、当の本人はというと・・・

なにやら色々と思い出してきたのでしょう!

「私は行っていない!」

思い出させてはいけないものを、思い出させてしまったようです!

「お祭りの雑踏で、皆と逸れてしまって私だけ食べなかった!」

どうも、当時の悔しさがよみがえり、私を探さなかった父親に対しての不満がメラメラと沸きあがってしまったようです・・・

しかし人の記憶というものは当てにならないものです。(いや、人の記憶ではなく、私の記憶がでした・・・)

あれだけハッキリとした記憶だったのに・・・

今ではバナナは勿論、お鮨にしても特別なものではなくなっています。

思い出話が食べるものに集中してしまう私たち、子供たちはいったい何を思い出すのでしょうか?