アダンの木 | MIYUKI&KAMIOのつぶやきと陶芸のブログ

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陶芸家の夫である尾形香三夫は、2022年に他界しましたが、タイトルをそのままにして、今後も夫婦の思い出を交えて、書いていきたいと思います。

(陶芸雑誌:陶遊 2010年10月127号に掲載)

KAMIOです。

 3年ほど前の事だが、妻と一緒に2年続けて沖縄旅行に出かけた。2回とも12月の中旬で、北海道は雪の降る季節。沖縄は20度前後の暖かさで、冬から初夏にタイムスリップしたような感じだった。

 


 美ら海水族館のジンベイザメやマンタの泳ぐ姿は圧巻だった。首里城も見学し、壷屋では、様々な形のシーサーも見た。沖縄の郷土料理も堪能した。気分的にも身体的にも解放感を味わい、冬は沖縄で仕事をしたいと思ったほどである。


 2回目に沖縄に行った時だが、浜辺の白い砂浜を散策していて、偶然にもアダンの木を見つけた。予期せぬ出会いに、とても感激した。田中一村の日本画に出てくる、あのアダンの大きな潅木が、目の前に広がり、青い実をいくつもつけていたのだ。

 

 


十数年前、旭川の道立美術館に「田中一村展」が来て、見に行った事があった。日本画のイメージを一新するような、南国奄美の動植物や風景、その洗練された美しさに圧倒され、すっかりファンになってしまった。

 一村の絵の中で、取り分け「アダンの木」という絵に強く惹かれた。海辺に立つアダンの木、広がる砂浜、その上の雲行きが怪しい空。大胆な構図で、よく見ると実に細かく丁寧に描かれている。図録で、何度もその絵を眺めていると、次第に自分の陶芸の目標も、この絵のようなものではないかと思うようになってきた。

 私の練上作品は、技術面が先行しやすく、直ぐ緻密さが前面に出てしまう。それだけではインパクトに欠け、面白くはない。テーマと技術(技法)が一体化して、自分のイメージを表現するような作品でなければならないと感じた。

 大胆さと繊細さ・・・・。そんな、一見、相反するような要素が内在する作品、すなわち、一村の「アダンの木」のようにパワーを内に秘め、静かであるが激しい、激しいけれど静か、そんな作品を常に指標にしたいと思っている。