PPK ・・ぴんぴんコロリ(その2) | MIYUKI&KAMIOのつぶやきと陶芸のブログ

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陶芸家の夫である尾形香三夫は、2022年に他界しましたが、タイトルをそのままにして、今後も夫婦の思い出を交えて、書いていきたいと思います。

こんにちわ、MIYUKIです。

PPK・・ つまり「ぴんぴんコロリ」の話です。

前回は、ぴんぴんコロリで人生を全うしたいが、なかなか理想通りにはいかない現実について話しました。

つまり、高齢者に対する延命措置がそれを阻んでいるケースが多く見られます。

ひとつ印象に残っている講演があります。

かいつまんで話すと、

その人のご主人は体の弱い人で、入退院を繰り返していました。

自分がいつ死んでもおかしくない状態だったので、常日頃から奥さんには、延命行為だけはしないでほしい、と頼んでいました。

奥さんもご主人の意向を尊重し、それはしないでおこうと心に決めていました。

しかし、入院していたご主人の様態が急変し、呼吸困難になり、医者や看護師さんがバタバタと部屋に入ってきて色々処置を始めました。

覚悟をしていたとはいえ、奥さんは動揺し、医者の言う言葉にただただ、お願いします、お願いします、と言っていました。

気づくと、夫には人工呼吸器が取り付けられていました。

ひょっとして、これが主人がしないで欲しいと言っていた延命処置なのではないか?

苦しそうに呼吸するご主人の顔を見るたびに、あれほど延命措置をしないように言われていたのに、パニックに陥ってしまい、このような結果になってしまったことを後悔するする日々が続きました。

最終的にご主人は亡くなり、ホッとしたように安らかに眠る顔を見て、胸を撫で下ろした。

と話されていました。

特にこの方の場合は、高齢者ではなかったので、判断はかなり難しかったのだと思いますが、最後に言っていました。

「このような場面になった時、準備していたつもりでも動揺してしまいます。また、医者の専門用語が飛び交い、何を言っているのか理解できない時もあります。日頃からどうするのかを身近な人と話し合い、想像以上にそれを決定するのは大変である事を知ってほしい」

これが現実なのだ、と感じました。

結局「延命するかどうか」は、最終的には身近な人間が判断しなくてはいけません。

人間だれしもいつか死ぬものなのですから、縁起が悪いと避けるのではなく、充分に話し合っておく必要があると痛感しています。

ここ最近メディアでは、この延命措置、特に高齢者に対する胃ろう(脳梗塞などの病気で、自分の口から食事をとる事が出来なくなった患者に、胃に直接栄養を送り込む措置)に対しての賛否両論の議論が今までに無く盛んになっているように感じます。

この問題は今に始まったわけではないのですが、団塊の世代がまさに高齢化むかい、医療機関や介護体制がそれに追いつかないし、ましてや医療費の問題を考えると、このままのやり方は通用しないと言うことが、この論議を活発化させているのでしょう。

議論のきっかけにはちょっと不満はあるのですが、それでもこのような話し合いが、家族内で自然に話し合われるようになる事は、良かったことだと思います。

私が高齢者になった頃が、超高齢化社会の真っ只中。

右を見ても、左を見ても、後ろを振り替えっても・・・若者がいな~~い・・(w_-;
 
どこにもいな~い(ノω・、)