平成6年の夏に4科目めの相続税法を受験。結果を待ちながら5科目めの所得税法の勉強を進める。相続税法の本試験前の5月に不本意な失職をしてからおよそ半年間だけだったが、「働いていない受験生」を体験できた。勤務先がないとはいえ一応主婦でもあり、完璧には程遠いが一応家事も何とかこなしていたし、再就職のための求職活動も続けていた。知り合いからの紹介で小さなデザイン系事務所でたった一人の事務職員の産休代用として臨時の職を得たときはもう12月が近くなっていた。
2年め3科目めの受験を前に結婚した相手が自分が通っていた受験専門学校の先生なのだが、先生の身内がこんなにも受験生からの風当たりがきついものだとは想像もしていなかった。勉強するために通っている学校で見知らぬ人々からやっかみの言葉を投げかけられたり相手にしなければ愛想の悪い奴だといううわさが聞こえて来たり、私相手なら勉強の邪魔をしていいのだと考え違いをしていた人に邪魔しないでと当たり前のことを言っただけで無視されるようになったり、これで成績が悪かったらもっと誹謗中傷されていただろうと思うとこういう生活は長期間続けられるものではないという思いが強くなる。もともと、受験期間は短いに越したことはない。受験生の立場で「受験のベテラン」になりたい人はいない。
平成6年12月、その夏の受験結果が発表される。本試験前にいろいろトラブルがあったこともあり、いい結果は期待できない。それまでの2回の結果発表では何とか無事合格できてきてはいたのだが、一度も一科目も合格できる自信があったことがない。しかし、届いた結果通知には相続税法合格と記されていた。これで4科目終了。あとは、今勉強している所得税法を頑張るだけ。
受験校に試験結果を報告した。自分としては今年の結果に驚きはあったのだが満足していた。しかし、顔見知りの受験生からは「残念でしたね」と言われた。それも一人だけではなく、何人もから。今年受験した科目は合格したのだが、何が残念なのかが理解できない。
そのうち「残念でしたね」の意味が解ってきた。受験専業の受験生に多い受験パターンらしいのだが、3科目合格した翌年には2科目以上を受験して官報合格を目指す人が少なくないらしい。誰かが、私N子もそのパターンで、平成6年の官報合格を目指して2科目受験したはずだという話を始めたのだろう。発端になった人は、2科目受験して官報合格を目指してもおかしくないよね、程度の話をしたのかもしれない。伝言ゲームが正しく伝わらないのは世の常で、それがいつの間にかN子は官報合格を目指して2科目受験したのだという話になっていったのだと予測される。
ところが、12月の結果発表を見たら当然ながら官報に私の名前がない。私に言わせれば、3科目合格の翌年に相続税法だけを受験して相続税法に合格したのだから4科目合格になるだけなので官報に私の名前が載る可能性は最初から100パーセントないのだが、私がその年に官報合格を目指していると信じ込んでいる人にとっては私の名前がないことは「残念でしたね」という一言になってしまうのも当たり前のことである。
個人的には一科目受験してその一科目が合格できたのだからこれ以上めでたいことはないと思っていたのだが、おめでとうと喜んでくれたのが配偶者以外では受験科目を担当していた先生ぐらいしかいないのはあまり嬉しくはなかった。さりとて誤解に基づいて私の落胆を少しでも慰めようと「残念でしたね」と声をかけてくれた人は善意で言ってくれたのだから文句のつけようもない。そして人というものは最初の情報や判断を容易に書き換えることができないものなので、きっと私は翌年官報合格に「再」挑戦することになっているんだろうな、と思いながら翌年の官報合格「初」挑戦に向けて頑張るしかないのだと気持ちを新たにする。
年が明けて平成7年は大きな事件がいくつもあった。
1/17の阪神淡路大震災の日、こちらの地方では全く揺れを感じていなかったこと、もともと朝の支度の時間帯にテレビニュースなどを見る習慣がなかったこともあり、その朝はいつも通りにお弁当を二人分作り、遅出でまだ就寝中の配偶者を置いて勤務先へ向かう。私に続いて出勤してきた社長が急いでテレビをつけて、と指示をする。そこで初めてとんでもない震災が起きていることを知った。テレビの画面は「傾いた塀」が延々と続いている様子を映し出す。それが「傾いた塀」ではなく「倒れた高速道路」であると知って慄然とする。何と恐ろしいことだと、テレビから目が離せなくなる。あの日阪神地区で被災した人以外の多くの人々が同じ思いで報道を見ていたのだと思う。
3/20の地下鉄サリン事件が起きた日も、出勤してから事件を知った。東京都下に兄弟が住んでいるが、幸いなことに巻き込まれてはいなかった。前年に起きた松本サリン事件のときには事件そのものもだが報道の異様さにもあきれるものはあったのだが、「宗教」の名のもとに行われた巧妙な凶悪犯罪に対して個人では立ち向かうことはできないものなのだと思ってしまう。こちらは首都から遠く離れた地方都市であるとはいえこんなことが起きないという保証はない。
幸いにも大きな事件や事故や天変地異に巻き込まれることなく平成7年の夏が来た。たぶん最後の受験。いや、本当に最後の受験にしなければならない。
