その男㊹ | neppu.com

その男㊹

ついに始まったようだ。

 

部屋を出る準備が。

 

明日の出発に向けて片づけが始まった。

 

「その男」は遠征先でもそうだが、帰宅が近づくとソワソワしてしまい、準備を早い段階で始めるようだ。

 

今回も例外なくソワソワしている。

 

ただ、

 

このブログが無事にゴールできるかということにも。

 

あと・・・3回?4回?いや5回?の更新でゴールをできるだろう。

 

苦手なスプリント勝負が近づいてきてるぞ、「その男」

 

 

正しい言葉の使い方なのかはわからないが。

 

「その男」は「野望」をもってこのシーズンの臨んだ。

 

 

状況が大きく変わることはわかっていた。

 

 

「ナショナルチームから外れる」

 

 

昨シーズンの成績不振によってだ。

 

近年はナショナルチームの指定選手になるための基準数字で明確に表記されている。

 

オリンピック派遣標準と同様のように。

 

FISポイントという、レースのトップからのタイム差で加算されるこのポイント。

 

このFISポイントランキングで指定が決定するのだ。

 

年代に応じて基準ランキングが示されており、若いほどその基準は緩くなる。

 

先を見据えるのであれば当然だ。

 

「その男」がナショナルチームに入るためのランキングには全く及ばなかった。

 

 

ちなみにだが・・・・

 

FISポイントは大会カテゴリーで獲得できるミニマムポイント(最も良いポイント)が決まっている。

 

ワールドカップ、世界選手権、オリンピックは無条件で0点。

 

低ければ低いほど良いのだが、世界最高峰の戦いとなるので当然だ。

 

一方。

 

日本でも開催されるFISレースのミニマムは20点。

 

FISレースのミニマムは、日本では何点、ドイツでは何点などと定められているわけではない。

 

規模、レベル、国に関係なく世界共通で20点なのだ。

 

詳細は書かない(わからないので書けない)が、FISレースでのFISポイントはトップ5に入った選手が持っているポイントを元に計算される。

 

その計算でポイントが20点以下となった場合でも、FISレースのミニマムは20点なので、20点以上良い点数が取れない。

 

世界のトップも出場するノルウェーのFISレース。

 

トップ5に入る選手はほとんどが世界最高レベルの選手なので、単純に計算するとFISポイントは一桁前半だ。

 

それでもFISレースのミニマムは20点。

 

一方日本

 

良いポイントを持っている選手が少ないため、日本のレースで最もよいポイントをとれたとしても、ミニマムの20点までは達することはない。

 

30点前半くらいではないだろうか?

 

日本のレースで獲得できる30点前半をもしノルウェーのFISレースで獲得したとする。

 

それはそのFISレースでもトップ10に迫る順位だろう。

 

ノルウェーのFISレースでトップ10に入るということは、ワールドカップでも10~20位に入れる力があると「その男」は思っている。

 

日本のFISレースで30点前半のポイントを獲得した順位、すなわち優勝した選手がワールドカップに出場したとする。

 

そうすると、何位くらいになれるのだろうか?

 

ちなみにワールドカップ(ミニマム0点)でFISポイント30点前半を取ることができれば、レースにもよるが30位以内に絡むことのできる順位だと思う。

 

FISポイントは数字で出るので、非常にわかりやすい。

 

しかし、「日本で取る」FISポイントと、ワールドカップ、海外のFISレースでとるポイントは別物だと思ったほうがいいと「その男」は考えている。

 

 

一つ断っておく。

 

「海外を転戦していて、レベルが高いから良いFISポイントをとれなかったんだ。日本の方がポイントを取りやすいんだ。だから自分はランキングを落としてしまったんだ。」

 

そう言いたいわけではない。

 

その要因が事実としても、昨シーズンの「その男」は国内戦でも優勝できなかったレベルまで落ちていた。

 

 

「その男」なりのメッセージだと理解していただきたい。

 

 

 

話はいきなりそれていたが・・・・

 

ナショナルチームを外れるということ。

 

それは

 

「ワールドカップに出場することができない」

 

ということだ。

 

シーズンインを当たり前に海外で迎え、FISレースに出場して、そのままワールドカップへ。

 

10年以上続いたこの流れがなくなる。

 

シーズンインは旭岳。

 

いつもの周りにいるのは世界のトップ選手ではない。

 

日本の中学生、高校生、大学生選手だろう。

 

「「その男」さん、なんで旭岳にいるんだ?」

 

なんて思う選手もきっといるだろう。

 

「昨シーズン全然だめだったからな」

 

なんて目で見る選手もいるのかもしれない。

 

それらを受け入れなければならない。

 

 

その後場所を移動して白滝大会。

 

名寄大会、「その男」の地元での大会・・・・

 

国内レースを転戦しなければならなかったのだ。

 

それはオフシーズンが始まる段階ですでにわかっていた。

 

その変化を受け入れなければならない。

 

華々しい世界の舞台で走っていた「その男」が、国内にとどまりシーズンを過ごすことを。

 

もう一度ワールドカップが「テレビの世界」に戻ってしまうことを。

 

全てを受け入れなければいけない。

 

その覚悟はあった。

 

「その男」には「野望」があったのだから。

 

その「野望」のためであれば、「その程度」の事は受け入れられる。

 

「その男」が長い間かけて築き上げてきたことを捨てた。

 

プライドを捨てた。

 

 

 

「つもりでいた・・・」

 

 

オフシーズンの練習が始まる。

 

うまくいかない時ほど考えてしまった。

 

「あの時は良かった」

 

ナショナルチームのメンバーが合宿している姿をSNSで見て思った。

 

「うらやましい」

 

気が付けば、見ると嫉妬してしまう投稿を、表記されないように設定していた。

 

「蛯名、ずいぶんよく見えるな。マサトってこんなに速かったか?」

 

他人と比較した。

 

「その野望」を達成するためには、他人に順位で勝つことは必要だ。

 

だが、それ以前に自分自身のネガティブな気持ちに打ち勝たなければいけない。

 

それでもダメな時には、すぐネガティブになってしまった。

 

 

「そんなところでビデオとっても意味ないんだよ!なんであんな所にいるんだよ。最後のところ取ってくれよ!」

 

スピード練習後に吠えた。

 

本田さんにだ。

 

うまくいかない、気持ちよくいかない自分のイラ立ちをぶつけてしまった。

 

やれることは全部やりたいと、いつも全力で「その男」をサポートしてくれていた本田さんに。

 

怪我をしていた時期でもあり、さらにストレスがたまっていたようだ。

 

このシーズン、数年振りに福士さんが「その男」の所属するチームに戻ってきた。

 

驚いたと思う。

 

色々な意味で「その男」が変わっていた姿に。

 

 

時間の経過とともに、走りはさらに悪くなった。

 

ローラーコースで春先に行ったスケーティングでのタイムレース。

 

僅差で蛯名に勝った。

 

しかし、次のタイムレース以降、蛯名には一度も勝てなかった。

 

以前もクラシカルのタイムレースではほとんど蛯名に負けていた。

 

だが、スケーティングは「その男」のほうが断然勝っていたはずだ。

 

スピード練習が怖い日もあった。

 

「今日もまた蛯名に負けるのかな・・・」

 

いら立った。

 

自分自身にではなく。

 

自分に勝つ蛯名にさえもイラ立ってしまうことがあった。

 

「きっつかったー!いやーぶっちぎられてしまいましたよ、蛯名に!」

 

なんでそんな姿を演じるのだ、ブログの中のもう一人の「その男」

 

何を気にする、誰を気にする。

 

「その男」は強い風を演じなければいけないと思っていたのか。

 

 

「ブログでヘラヘラして落ち込んでない姿をみせたら、実は本気で走ってないと思ってもらえるかもしれないじゃん?」

 

「本気で走ったら全然違うんだぞって思ってくれるかもしれないじゃん?」

 

 

もう一人の「その男」はそう考え、いかにも気にしていないかのようにブログを書き綴っていたようだ。

 

本当は些細なことにもすぐ反応してしまうのに。

 

 

例年以上にビデオを見る時間が増えた。

 

昼食後から午後の練習までの間、ずっとビデオを見ることもあった。

 

スマホにはいっている、「うまく走りを修正できた」動画と見比べながら。

 

「いまだに忘れられない感覚」の時の走りの映像と見比べながら。

 

だが、変わらない。

 

何度変えようとしても、何度試行錯誤しても変わらない。

 

「トライアル&エラー」

 

ひたすらエラーが続いた。

 

 

昨シーズン中からネガティブな気持ちや行動が変わらず続いていた。

 

走りもよくならない。

 

 

それでもこのオフシーズンを過ごすことができたのは

 

「野望」

 

があったおかげだ。

 

ダメになりそうなとき、ダメになったときにも「その野望」があったおかげで何度も立ち直ることができた。

 

 

時間は経過し、シーズンインを迎えた。

 

旭岳でのシーズンインを。

 

その姿を見ただけで涙が出た。

 

 

小池先生が立っていた。

 

 

昨シーズンオフに会いに行って以来の再会だ。

 

近況報告や雑談の後、質問された。

 

「どうだ、走りは?」

 

 

その男は断言した。

 

 

「全くよくありません。今のままでは日本国内でも絶対に通用しません」

 

もう一人の「その男」が記すブログのようには答えず、隠すことなく伝えた。

 

小池先生にだけは素直に答えなければいけなかった。

 

自分の尊敬する人なのだから。

 

本当にそう思っていた。

 

びっくりしたようだ。

 

シーズンインをしてスキーを履いたその初日、あまりにもスキーに乗ることができなかったことに。

 

「初日ということでゆっくり、慎重に乗ってきましたー!ゆっくりだったのでたくさん抜かれて周りの選手が速く見える!!」

 

なんて書いていただだろ、もう一人の「その男」は。

 

意識的にゆっくり走っていたのは事実。

 

しかし、

 

スキーに乗ることができなくて、ゆっくり走ることしかできなかったのも事実だ。

 

周りの選手が速く見えた。

 

これもまた紛れもない事実だ。