その男⑧
いつもと違う感覚だ。
ドラッグストアへ用事があり行ってきた。
いつも以上にワクワクするのは気のせいだろうか?
色々な商品が自然と目に入ってくる。
あの棚の商品も、この棚の商品も。
いつもならば全く気にならない商品にまで目が行ってしまう。
この新鮮な感覚はすぐになくなるだろうが、これからドラッグストアに行く機会は増えそうだ。
その男は激怒した。
ん?
なんか聞いたことのあるフレーズから始まったな。
気にしない、気にしない・・・
その男は地元の高校に進学した。
その男が入学する前、スキー部に所属をするのは二人のみだったようだ。
その男の兄の同級生で、二学年上の
「亮太君」
そして、小学生の時に、トイレのスリッパでその男をひっぱたいた
「ワタル」
だ。
二人ともその男と同様に、地元からの進学だった。
先輩というよりも友達、幼馴染の二人。
そして、その男と一緒に二人が入学した。
中学校時代のレースウェアがあまりにも特徴的だった、照英似のイケメン
「午来」
天童よしみに似ているということで、ひねりもないあだ名のついていた
「よしみ」
五人でスキー部は活動をしていた。
その五人をまとめる顧問。
「小池先生」
だ。
その男のスキー人生において、計り知れない影響を与えている先生のようだ。
補足しておくと、今年のインターハイ、本日行われたジュニアオリンピックで優勝した選手は、小池先生の息子さんだ。
息子さんは絶対に覚えていないだろうが、息子さんが小さいときには一緒に海になんて行ったっけな。
懐かしいな。
という話は置いといて。
その五人は色々と悪いことをしたようだ。
しかし、いつもばれるのはワタル。
亮太君とよしみは悪いことをしてもうまくばれないで済む。
不器用なワタルは隠すことができないようで、よく怒られていたようだ。
「なんであの二人のほうが悪いことしていたのに、怒られたのはおれのほうだったんだ?」
今でもワタルはそんなことを愚痴るようだ。
その男は、何とか無難に怒られるのを逃れていたようだ。
午来もよく怒られていた。
「練習時間が無くなるから、終わったらすぐ帰ってくるように」
小学校の体育館で行われていた劇団の鑑賞を見に行くことがあり、その前日の部活終わりに小池先生から指示があった。
その当日。
劇団鑑賞終了。
走って戻るよしみとその男。
ワタルと亮太君も戻ってきており、練習準備を済ませてすでに車に乗りこんでいる。
しかし
午来がなかなか帰ってこない。
「これはまずい・・・」
車の中の雰囲気がどんどん悪くなっていくのがわかる。
「なかなかこないなぁ~」
なんて話は始めていたのに、そういった会話すらなくなっていった。
待っていると、ついに午来が現れた。
当時付き合っていた女の子と、タラタラと歩き、照英に似たその顔は完全に緩んでいる。
次の瞬間
「午来、さっさと来い!!!」
温厚な小池先生が吠えた。
小池先生は激怒した。
ん?
なんか聞いたことのあるフレーズだな。
気にしない、気にしない・・・
車の中にいたほかの四人の背筋がピッと伸びていたことは言うまでもない。
今でも当時のメンバーが集まったときには必ず話題に上がる一つのようだ。
ちなみに、その男が進学した高校のスキー部がインターハイのリレーに出場したのは、この年が初めてだ。
色々なハプニングがあり、25位くらいに沈んでいる。
小池先生も激怒したが、その男も激怒したようだ。
何に?
「いや、無理っしょ!」
その男が言われた言葉だ。
11月上旬、旭岳で合宿が行われていた。
全道の高校が集まって行われる合宿。
中学校の時の道選抜合宿のようなものだ。
その男の高校は、ほかのチームと同部屋になった。
二段ベッドがたくさんあり、10人以上が同じ部屋だったと記憶している。
その男は他のチームの二学年上の先輩と会話をしていた。
「今年の目標って何なの?」
という質問に、
「全国大会で表彰台に上ることです」
と答えたその男。
その答えに対して、その先輩が返した言葉が
「いや、無理っしょ!」
だったのだ。
それに対してなんと返したかは覚えてない。
激怒していたからだ。
おそらく
「そうですよねーむずかしいですよねー」
くらいに返していたと思う。
返信は忘れても、そういわれたことが悔しかったことははっきり覚えているようだ。
その冬。
その男は、インターハイ予選となる全道大会ですら表彰台に上れなかった。
インターハイのスケーティングでは入賞したものの、表彰台に上れなかった。
しかし
名寄で行われた国体。
三位に入った。
高校生で初めて、表彰台に上った。
見たか。
その数週間後の選抜大会。
その男は優勝した。
「いや、、無理っしょ!」
といった、その先輩も入賞はしていた。
表彰台の一番高い位置から、横にいたその先輩を何度も見たことも覚えている。
選抜では優勝したその男。
しかし、その二学年上にいた、高校最強の選手。
それが
「成瀬さん」
その男にとって生涯のライバル、憧れとなるその選手との戦いは、高校生の時に始まっていた。