ここのところ三鷹バッハ同好会セミナー参加やら国分寺名曲喫茶でんえんに行ったり、荻窪に行ったり真空管アンプ・リサーチのためのJR八王子経由に向かったり狭山市駅から帰宅の途に西武新宿特急で帰宅するのにどうしても新宿経由が多発し時間調整のための新宿紀伊国屋に久方ぶり足を踏み入れた。

芸術・音楽・映画棚をみていてトンでも分厚い馬鹿デカ書籍『大島渚全映画資料集成』を見出す。

大島渚関連書籍ないしVHSビデオテープ、DVDは10年前―マイルス・デイヴィスを中心としたジャズの音盤を含め戦争映画(ディアハンター、地獄の黙示録、プラトーン、プライベートライアン等)DVDと共にほとんど処分したが・・・・・(太陽の墓場・飼育・少年・新宿泥棒日記・夏の妹・愛のコリーダ・愛の亡霊・戦メリ・御法度各DVD)

そして基本的に大学受験に敗北の浪人時期に加え中学―高校―大学時期と三様すべて叶わなかった女性たちへの思慕に墜落していた頃合い、飯田橋1988閉館した佳作座って映画館だったと思うー高林陽一監督の1976年篠田三郎主演『金閣寺』と偶然併映されていた1971年『儀式』には嵌った。結局現在好みでいえば『絞死刑』『儀式』以外はむしろ生理的に受け付けないもしくは受け入れ難い映画作家なのかもしれない。

大島渚の1961『飼育』を介し大江健三郎、『東京战争戦後秘話』『儀式』『夏の妹』を介して武満徹の音楽に触れることとなった。

初メガホンから4つの連作『愛と希望の街』『青春残酷物語』『太陽の墓場』『日本の夜と霧』は京大インテリ大島の唯々生硬な怒りが画面いっぱいに噴出し、マックスモンアムール、愛のコリーダ、亡霊、帰ってきたヨッパライから戦メリ、御法度に至って一体何を見させられてるのか今類推しても心理的抵抗なり圧迫なりの閉塞感のみがつきつけられる。その部分、そこを敢えて意図して、狙って撮っている事と合わせ本当にどのフィルムにもある種の強い『痛み』を伴う感覚があることに間違いはない。小津安二郎、黒澤明、山田洋次作品を観るといった類の〈映画鑑賞をする文法〉を過激に微塵も許さない。もしくはそういう大島独自の徹底した生理感覚なんだろう。

当時のアングラ趣向?無理心中、短カットが連続する白昼の通り魔、故坂本龍一が好んだ荒木一郎主演日本春歌考とどれもかもあからさまにキッツイ。

 

今となっては大学時代オールナイト池袋文芸坐、文芸地下に通っていたあの時期の悶々とした大島フィルム映像との対峙が懐かしい。

その懐かしさだけで図書刊行会出版のコレ、一万三千二百円もの大枚をはたいた。