真夜中の深海Bar -242ページ目

5:45分は無事だった。。後編

真冬にまるでデブみたく大汗をかきながらなんとか自転車を会社横まで到着させた。
そこへ上司がやってきて、
『なにしにきたん?こんな日に仕事あるわけないやん。はよかえり~』
あんたがこいって、ゆ~たんやん…。
それから2日間後。
まだまだメディア、マスコミから新しく情報が入ってくる最中、私と上司は震源地の神戸へ新事務所設営とそれに伴う駐車場探しに向かった。
大阪で社用車に救援物資を積み、片道8時間の往復分の食料を積むと、なんだか妙にテンションが上がってきた。
不謹慎ながら、早く大好きな神戸が見たい、私の通っていた大好きな学校が見たい、私の大好きだった定食屋さんが見たい、毎日のように帰りに通っていた大好きな喫茶店が見たい…。
その思いを乗せて車は大渋滞の中、西へ西へゆっくり走る。
大きな河川を越える度に震災の爪跡は過激になり、次第に私は言葉を失っていた。
信号は折れ、道は隆起し、家は崩れ、阪神高速は倒れ、人々は真っ黒にすすけた服を着て炊き出しを食べている。
ふと、車内を見ればスーツを着た上司と私。
なのにこのドアの向こうは、地獄絵図のように家が燃え、パトカー救急車、そして自衛隊が例のないこの事態にじたんだ踏んでいる。
どこかのテーマパークなら、こんなアトラクション早く終わって外に出たい。
三宮についたころにはもう既に太陽は傾きかけていた。
『二手に分かれて駐車場を探そう』
そう上司から言われ別れてから、一目散に私が通っていた学校へ向かった。
『あった。』
一見無事そうに見えたその学校のビルは、上層階に上がる術が、途中ジャンプして飛び移らないと昇れない階段しかなかった。
懐かしい学校の受付まで来たとき後ろから、
『小島!来てくれたんか?』
と懐かしい先生の声。
『お久しぶりです!心配で。どうですか?』
『ビルの外見はまだましなんやけど、中のコンピューターは全部アウトやなぁ』先生の表情は少し曇った。
『せやけど、俺らがまたネオ神戸シティーを作っていかなあかんねん!がんばろなっ小島!』
その場を後にした私は涙が止まらなかった。
その渦中にいる人間がこんなに力強く志し高く頑張っているのだ。
被害の少なかった私まで心配かけさせないように励ましてくれた。
『本当に頑張らなければ…』
私は強く心に刻んだ。
我がネオショットバーのネオは実は、このネオ神戸シティーのネオから頂いたものだ。
学校を後にした私が次に向かったところは定食屋さん。
よほどの事が無い限り毎日ここに来ていた。
そして今、そこは無かった。
跡形が分からないほどに。
ただ、辛うじて両隣のお店の残骸が残っていた為わかった。
上司との待ち合わせの時間が近づきつつも、最後に気になっていたお店を見るまでは帰りたくなかった。
その気持ちから自然と足はそこに向かっていた。
毎日、神戸から帰る前に寄り道していた喫茶店。
友達との待ち合わせ場所、溜まり場。
気のいいオーナーが貧乏学生の面倒を見てくれた思い出のお店。
駆け足でやっと近くまでたどり着いた。
その界隈の被害は半端じゃ無かった。
まるで地形が変わっていた。
私の知っている街並とはかけ離れていた。
近づくにつれ心臓がドクドクと激しい鼓動を打ち始めた。
お願いだから楽しかった思い出を根こそぎ持って行かないで。
神戸の人達がいったいなにをした?
やり場のない怒りばかりが頭の中でぶつかり合う。
そして、そのお店の前についた…。
あったのだ!
半ば奇跡としか言いようのないほど無傷で。
唯一の救いになった。
そして力が抜けた。
ぜひ、復興後も営業を続けてほしいと心から思った。
その喫茶店の名前は
『5:45』

5:45分は無事だった。。前編

私が地元の兵庫県より大阪に上阪して早くも14年が経つ。
最初に住んだのは東大阪の地下鉄長田駅付近だが、そのころまだ周りには畑や田んぼがあり大阪で言うとこの『田舎』であった。
それでも私の出身地からすれば毎日驚くほど都会。
自宅前の中央大通りには、昼夜問わず激流のように車が行き交っている。
そして、一歩街へ足を踏み入れれば人、人、人。
城下町である我が故郷で一番、人が溢れる『お城祭り』の人数を毎日ゆうに越えた人々がその街を闊歩している。
職を転々としながら住所も移り歩いた21歳。
その時私は東淀川区の上新庄にワンルームマンションを借りて住んでいた。
細長い建物だが、近代的で当時流行りのオートロックもついたいわゆる『ナウイ』マンション。
9月に就職も決まり、引っ越しの片付けもようやく終わりが見えかけた年末、そして年明け。
たしか1月16日は祝日で私の学生時代を謳歌した大好きな神戸のメリケンパークで夜中1時頃まで遊んでいた。
そのあと上新庄の家についたのは夜中3時頃だったはず。
ベッドに入り目をつぶってどれだけの時間が経過したんだろう。
スーパーウーハー1億個分、いやそれ以上の重低音が遠くから鳴り響き、ガラスカタカタ、フライパンコンコン、お皿ギシギシ…。ドンッ!
そこからは何が起こったのかわからない。
左右に1m以上振られるベッドにただ、しがみついてないと『死ぬ』と本能で思った。
ほんの数秒間だが、大量のアドレナリンを体内に分泌し、ありとあらゆる想定が頭の中を駆け巡った。
『たぶんトラックがマンションに突っ込んできたんや』
『地震やったら、震源地はここや』
『地下水を汲み上げすぎやねん』
など。
たぶん最後のはうそ。
引っ越しが終わったばかりの部屋は振り出しに…いや、マイナスになった。
トイレタンクの水が部屋に流れ出し、足を踏む場所もない。
フライパンも下に落ち、テレビやコンポはヒステリックな人の部屋(優しい表現)みたくなってしまった。
全部割れたお皿を片づけながら、こんなんなるんやったらストレス解消の為に、『ちくしょ~!ぶちょ~』とかいいながら外で割れば良かったと思った。
これもうそ。
やたら開閉が困難なドアを開けると、ワンフロア6戸しかないワンルームマンションに20人近く人がいる。
しかも、どう見ても日本語が通じそうにないタイプがわんさか。
まるで夜8時以降のスーパー玉出である。
停電の為、テレビからの情報もなくただ余震に震えながら
『一人ぼっちはいやだよ~』
と思いながらも
『でも、この階にはとりあえず20人おるし』
と自分を慰め通電を待った。
テレビがつき、神戸が大変な事になっているのを知ったのはお昼前だった。
その時、リーンリーンと電話が…。
『小島~電車通ってるで~はよ出社せいや~まさか、おまえ休む気やないやろなぁ~』
と、上司からの通達。
部屋をそのままに急いで阪急上新庄駅へ。
『地震の為、全線運休』
私はこの時ほど自転車を持っていたことを恨んだ事はない。
そして数十キロの会社までのサイクリングがはじまった。
後に上司に聞いたところ
『堺市はテレビの上の花瓶倒れただけやもん』とか
『西宮の人が普通に出社してたもん』とか
『地下鉄動いてたし、まさか阪急動いてないなんて思ってなかったもん』とか苦しい言い訳していた。
後編に続く。

けつあごたちのララバイ

近年、食文化の向上や環境の変化に伴いとてもスタイルの良い若者が増えている。
スラリと伸びた手足や、堅いものをあまり食べなくなったせいかスリムになった顔の輪郭。
昭和の四角い顔から平成の卵型顔へ。
これほど時代に適応すべく進化を遂げてきたはずなのだが、何故だか身の回りに数人は存在する『けつあご』
『けつあご』とは、人類がサンヨウ虫から二足歩行に至る過程の中で、ほんの少しだけ寄り道したことによって生じた時空の歪みが、あごに転じケツになった言わば新人種。
一見同じ人類のように錯覚しがちだが、『けつあご』は全く異なった生物。
『けつあご』の呼吸器は基本的に『けつあご』にありきで、足らずを口から補なったりしなかったりとか。
しかし、非常に傷つきやすく繊細な『けつあご』は、自分がけつあごとは思ってない為、他人の『けつあご』を笑い飛ばしののしり、罵声を浴びせる習性がある。
これも、デリケートな『けつあごイズム』に基づく当たり前の行動だ。
そうは言っても『けつあご』は性別を問わない為、女性にも多くみられる。
とくに欧米の女性にその多くを見ることができる。
よく田舎や地方を車で走っていると
『差別を無くして明るい仲間』とか、
『地域ぐるみでなくそう差別』
とか看板を見かける事がしばしばある。
その看板を見つけたらしめたもの。
半径100m以内に『けつあご』の巣を見つける事ができる。
非常に幸運なケースだ。
彼らは口癖のように『けつあごが住みにくい時代になった』と呟くが、我々が新種族と共存できる時代は来るのだろうか?
わたしたちの子供達にいったいなにを残し伝えていけるのだろうか?
私は一人この時代を憂いでいる。
次号『けつあご危機一発』をお送りいたします。

初仕事を経て…。

あけましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願い致します。
元旦を迎えてはや8日。
ほらね、めっちゃ早いでしょ?
年々時間の経過が早くなってきてるんです。
今日は最近気になってる『時間』について少し考えてみましょう。
一度辿った記憶の往復は異常な速度で経過するとか。
また、自分の年齢が増えれば増えるほど年齢分の1年になり短く感じるんだとか。
いずれにしても脳で感じる時間経過の感覚差だけなんです。
好きな事をしたり好きな人といれば情け無用に時間は早く流れ、その逆ならば時計は止まったまま。
全ては脳の判断次第。
最近ふと思うことがあるんですが、本当にみんな同じ秒を刻んでるんでしょうか?
信憑性の無い人間の時間感覚を抜きにして、そこらへんにある時計は本当に正確なんでしょうか?
信じ込まされているのでは?
子供の頃に読んだ『ドラえもん』の秘密道具の中のストップウォッチは押した自分以外の時間を世界中止めてしまいます。
もし、誰かがそのスイッチをいつか押していたら。
もしくはすでに押されていたら。
でも誰も気づきません。
我々が止まっている間に進んでいる『なにか』とは、『時間』という人間が規律を決めやすくするために作り上げた一つ概念に過ぎず、要は経過した現在はその瞬間から過去と呼ばれ記憶として刻まれるだけ。
そうあれこれ考えてると、秘密道具のストップウォッチの原理とは、超人が光にほど近い速度で移動し、その人のまわりだけ時間の経過をゼロにする事なんだろうなぁ。
決して私達の動きが止まってる訳じゃないんだろう。
まだまだ色々考えてたいんですが、ブログやし、答えもないし、も~寝ますわ…。ちなみにわたくしこんなん一人で考えてるの好きなんです。

謹賀新年

あけましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願い致します。ネオは4日からの営業となります。ラジルはお正月も営業しています。