5:45分は無事だった。。後編 | 真夜中の深海Bar

5:45分は無事だった。。後編

真冬にまるでデブみたく大汗をかきながらなんとか自転車を会社横まで到着させた。
そこへ上司がやってきて、
『なにしにきたん?こんな日に仕事あるわけないやん。はよかえり~』
あんたがこいって、ゆ~たんやん…。
それから2日間後。
まだまだメディア、マスコミから新しく情報が入ってくる最中、私と上司は震源地の神戸へ新事務所設営とそれに伴う駐車場探しに向かった。
大阪で社用車に救援物資を積み、片道8時間の往復分の食料を積むと、なんだか妙にテンションが上がってきた。
不謹慎ながら、早く大好きな神戸が見たい、私の通っていた大好きな学校が見たい、私の大好きだった定食屋さんが見たい、毎日のように帰りに通っていた大好きな喫茶店が見たい…。
その思いを乗せて車は大渋滞の中、西へ西へゆっくり走る。
大きな河川を越える度に震災の爪跡は過激になり、次第に私は言葉を失っていた。
信号は折れ、道は隆起し、家は崩れ、阪神高速は倒れ、人々は真っ黒にすすけた服を着て炊き出しを食べている。
ふと、車内を見ればスーツを着た上司と私。
なのにこのドアの向こうは、地獄絵図のように家が燃え、パトカー救急車、そして自衛隊が例のないこの事態にじたんだ踏んでいる。
どこかのテーマパークなら、こんなアトラクション早く終わって外に出たい。
三宮についたころにはもう既に太陽は傾きかけていた。
『二手に分かれて駐車場を探そう』
そう上司から言われ別れてから、一目散に私が通っていた学校へ向かった。
『あった。』
一見無事そうに見えたその学校のビルは、上層階に上がる術が、途中ジャンプして飛び移らないと昇れない階段しかなかった。
懐かしい学校の受付まで来たとき後ろから、
『小島!来てくれたんか?』
と懐かしい先生の声。
『お久しぶりです!心配で。どうですか?』
『ビルの外見はまだましなんやけど、中のコンピューターは全部アウトやなぁ』先生の表情は少し曇った。
『せやけど、俺らがまたネオ神戸シティーを作っていかなあかんねん!がんばろなっ小島!』
その場を後にした私は涙が止まらなかった。
その渦中にいる人間がこんなに力強く志し高く頑張っているのだ。
被害の少なかった私まで心配かけさせないように励ましてくれた。
『本当に頑張らなければ…』
私は強く心に刻んだ。
我がネオショットバーのネオは実は、このネオ神戸シティーのネオから頂いたものだ。
学校を後にした私が次に向かったところは定食屋さん。
よほどの事が無い限り毎日ここに来ていた。
そして今、そこは無かった。
跡形が分からないほどに。
ただ、辛うじて両隣のお店の残骸が残っていた為わかった。
上司との待ち合わせの時間が近づきつつも、最後に気になっていたお店を見るまでは帰りたくなかった。
その気持ちから自然と足はそこに向かっていた。
毎日、神戸から帰る前に寄り道していた喫茶店。
友達との待ち合わせ場所、溜まり場。
気のいいオーナーが貧乏学生の面倒を見てくれた思い出のお店。
駆け足でやっと近くまでたどり着いた。
その界隈の被害は半端じゃ無かった。
まるで地形が変わっていた。
私の知っている街並とはかけ離れていた。
近づくにつれ心臓がドクドクと激しい鼓動を打ち始めた。
お願いだから楽しかった思い出を根こそぎ持って行かないで。
神戸の人達がいったいなにをした?
やり場のない怒りばかりが頭の中でぶつかり合う。
そして、そのお店の前についた…。
あったのだ!
半ば奇跡としか言いようのないほど無傷で。
唯一の救いになった。
そして力が抜けた。
ぜひ、復興後も営業を続けてほしいと心から思った。
その喫茶店の名前は
『5:45』