涙を馬のたてがみに心は遠い草原に… -DVC00925.jpg


金曜日、講演会が始まる直前…




平沢勝栄衆議院議員が入場!!



エレベーター前でご挨拶したら、同じ会場で、消防操法大会優勝の祝賀会があり、来賓に呼ばれている…とのことでしたf^_^;




例年この時期の講演会、集客に苦労してきましたが、それと比べ、野村さん‥


やはり知名度が違うグッド!


満満席で整理券を出すくらいの盛況でした。


南海、ヤクルト、阪神、楽天の監督時代の裏話。


阪神、楽天と、自分の退任後に来ることになった星野仙一監督について‥


『野球より政治家向き』とズバリ斬る!!



野球談義、いろいろな話が一段落し、講演時間が時計あと30分残っていることを確認耳



ここから、自分の昔のことを話し始めたら乗ってきて、今まで聞いたことのないヒミツ秘話も披露‥




父を戦争で亡くし、母子家庭。


母は二度の癌から、奇跡的に生還した。



母の病院入院中、親戚の家に預けられ、そこから学校小学校に通っていた辛く悲しい日々。


母が病院から退院してくる日、母に一刻も早く会いたくて、当時は一日に4本しかなかった汽車を、駅で2時間も前から待っていた当時の気持。


母の内職、兄と自分はアルバイト。家賃が払えなくなると、より安い部屋に引っ越し‥



小学二年生から新聞配達をしていた自身の少年時代、4度の転居を繰り返し、高校時代には母と三人の子供で6畳ひと間のアパート暮らし



しかも斜めに傾いた部屋で、室内では真っすぐに立てないショック!


大きな地震が来たら助からないガーン


母が病後でもあったこの頃が、最も生活が苦しかった。



そんな極貧の生活から抜け出したい‥


当時、元手¥が無くても、自分の能力でお金が稼げる花形の職業は、映画俳優、カラオケ歌手、そして野球プロ野球選手


鏡を見て俳優はあきらめたショック!


中学では音楽部に入りカラオケ歌手を目指すが、高音が出ないガーン


カラオケ退部して途中から野球野球部に入る


3歳年上の兄は家でいつもメモ勉強していた。
学年トップの成績キラキラ優秀だったので、大学進学を目指していた。


一方、中三になった克也は野球の強い高校への進学を希望したが、家が貧しかったので、進学はせずに、中卒で働くよう母に言われる。


プロ野球への道はここで絶たれるのかしょぼん


そんな克也少年に対し、優秀な兄は、「自分が大学進学をあきらめ働くから、弟を高校へ行かせてやって欲しい」母に訴えた。



今の自分があるのは兄の御蔭。


その兄は高卒後、島津製作所に入社。(後に、社会人を数年間経験してから大学に進んだ。)



やがて克也は高校を卒業。

もちろん甲子園は経験していないし、スカウトなど来るはずもない。



やがて自ら調べて、プロ野球の入団テストを受けることに‥






また書きますねパー