面会の時間 (小学生)

 

そこから時間が経ちました。

ある夜、父が電話したいと言っていると部屋に呼ばれました。

久しぶりに聞く父の声に色々な感情が込み上げて涙が出そうでしたがぐっとこらえました。

「来週逢いに行くね!」

との事でした。

その後の1週間はたのしみでしかたなかったです。

が逆に、母の前で喜んで行けないんじゃないかと苦しみました。母の前では別に会いたくないよみたいな態度を頑張ってとっていたと思います。

 

やっと大好きな父に会える。

待ちに待った面会の日。

 

久しぶりに父と会うと何も変わっていなかったです。後部座席に乗るなり、

「元気だったかー!」なんて話しかけてくれてわたしはうん!とか色々返していたのですが涙が止まらなかったです。父にバレないように溢れてくる涙を拭いながらお話をしたのを覚えています。

 

動物園に連れてってくれてすごく楽しい1日だったのをおぼえています。

楽しい時間はあっという間にすぎ、帰る時間になりました。

 

わたしはまた明日から日常に戻ってしまう。

そう思ったら涙が止まりませんでした。

父の前でも普通に泣いていました。

父はそれを見るなり一緒に涙を流してくれました

「また4人で暮らせないかな?」

というと父は困った顔をしました。

毎回こんな感じで3ヶ月に1度、父と面会をしていました。

 

やはり何回会っても最初と最後は号泣。

母にも「そんなに泣くならもう会うのやめる?」

なんてよくいわれました

悲しかったです。

すごく、とても。

いつ思い出しても。

父と会った数日間は毎晩布団の中でないてました。

次会う時までに父が死んでしまったら、なんてかんがえて。

 

この期間は今思えば小学生ながらに病んでいたんじゃないかなって思います。

それでも一生懸命になって生きていました。

会わせるべきか否か、迷われる人もいるかと思いますが私はだいたいこんなかんじでした。


 

 離婚時の気持ち編

 

 

 

このページにたどり着いたということはもしかしたら今悩んでいらっしゃるのかもしれませんね。

一つの参考程度で読んでもらえたらと思います。

母と超仲良しな家ではなく答え合わせをしたことがないので

母の当時の気持ちは記されていませんが逆に素の子ども目線の意見をお話させてもらえるかと。

 

私は25歳になりますが小2の頃に両親が離婚しました。

学校から帰ると母に出かけるよといわれ当時2歳の妹と3人で電車に乗り5時間かけて祖父母の家に行きました。

私は何もわからず、数日学校を休むんだなあ程度でした。

 

何日経ってもおうちには帰ることができず、大好きなパパにも会えず。

気が付いたら母は仕事をはじめ、新しい車を購入し、祖父母の家から新しい学校に通うようになってました。

 

でも毎日帰りたくて仕方なかったです。前の学校のお友達のことをおもいだしたり住んでたおうちを思い出したり

私は幼いながらもいつ帰れる?なんて聞くことができませんでした。

「パパとお別れしたの?」て聞けなかったです。答えを知るのが怖かったので。

なんでなんでしょうね、離婚って言葉を知らないのに察することができるんです。

 

苗字が変わらなかったのでいつか戻れるんだって言い聞かせてましたね。

 

この時期はやっぱり心では寂しい気持ちが大きくて、今後の不安も押し寄せてきて

何年たっても毎日寝る前はお母さんに気づかれないように一人で泣いてました。

 

転校してきたころは男子からも可愛いといわれていましたが

1年しないうちに気が付いたら肥満児になってよくからかわれるようにました。

寂しさを食べることでしか満たせなくなってしまいました。

 

続く。


 

 

 

 死ぬまでの暇つぶし。

 

    

私はこの状況が変わることがなければ自分の意志でこの世を去ることになると思う。

 

どうせなら私が生きたなかでの記録を残して少しでもだれかの役に立てたらなと。

あの時ああしていればということ。

今なにかを迷ってる人がいればこっちを選んだらこうなるかもっていうヒントを与えられたら。っておもいます。私のようにならないようにしてほしいだけです。