膝丈のズボンに白いシャツ。
なんだか都会の子になったみたいで落ち着かない。
そわそわしてるのがわかったのか、しょうさまの手が延びてきて、
「どんな色の服を着ている?かわいいのだろうな。そういえば、年を聞いていなかったが、いくつなるんだ?」
と、ふざけ半分にボクの髪を指に巻き付けた。
『くびのくるしいしろいしゃつと、くろのひざよりもしたのずぼんをはいています。
としは、たぶんですがあついのとさむいのをじゅっかいくりかえして、あついのとさむいのとのあいだにむらをでました。
うまれたときからかずをかぞえていたので、そのくらいです』
「生まれた時からの記憶があるのか?
すごいな。
普通、2、3歳の記憶からぼんやりと覚えているくらいなのに、賢いんだな、お前は」
しょうさまは驚いた顔をしてボクの頭をなで、
「誕生日はわからないのだろう?
なら、お前の名を呼んだあの日を誕生日にしよう。
8月のそう、30日。
潤、お前の誕生日は8月30日だ」
とても優しく笑った。
『たんじょうびってなんですか?』
「お前がおぎゃあとこの世に生まれた日のことだ。
誕生と同時に親によって名が付けられる。
お前は、親に名を付けて貰っていないから、俺が付けた日がお前の誕生日だ。
もうすぐだなあ……。
お祝いしてあげるから楽しみにしておけよ」
産まれた日がタンジョウビなんて言うなんて初めて知った。
わ、ボクはおぎゃあと言わなかったからタンジョウビがないのかなぁ。
じゃあ、おぎゃあと言ったらタンジョウビがあって、何かお祝いしてもらえたんだろうか?
でも、いいや。
しょうさまが名前をつけてくれてタンジョウビのお祝いをしてくれるって言った。
どんなことをしてくれるのかわからないけど、しょうさまに、ぼくの特別を作ってもらえたんだ。
だって、タンジョウビって言われるだけで、くすぐったくて甘いお菓子を口に入れてくれた時みたいに、ぽーっとしちゃうから。
『なにをしてもらえるんですか?』
「ばーか、先に行っちゃったら楽しみが半減するだろうが」
コンって軽く頭をたたかれて、ボクは心の中でえへへって笑ったんだ。
誰にもわからないはずだったのに、
「まだ何にもしてないのに喜ぶなんて変なやつだな、潤は」
ってしょうさまが言った。
なんで?なんでわかるの?声が出ないボクの気持ちをわかるのは手のひらに言葉を書いた時だけなのに。
しょうさまは、見えてないはずなのに。
あ!
『しょうさまのたんじょうびはいつですか?』
「俺?俺は1月。お前とは正反対の寒い冬に産まれたんだ。
難産だったようだよ。
よく母が『せっかくあんなに苦労して五体満足に産んであげたのに、目が見えなくなるなんて、神様は私になんて酷い運命を背負わせるの』って言ってた。
妹と弟が出来た時、俺のようにならないようにと一人一人に医者をつけ、健康田といえるほどに育てることが出来た頃にはもうそんなことは言わなくなったけどね。
俺に言うのは『櫻井家の人間として恥ずかしくないように行動しなさい』くらいかな。
あとは見ただろう?
母の汚い物を見るような目を。
さすがにこれだけ長くあの目にさらされていれば、見えなくてもわかるさ」
『しょうさまはおきれいなおかおをしてます!むしけらなんかじゃないです!』
「ありがとう、潤」
ほんとだもん、ほんとだもん。
凄くきれいで、神様がいたらしょうさまのような顔をしてるに決まってるもん。
絶対絶対だもん。
ボクは、悔しくてボロボロボロボロ涙が出てくるのを止められなかった。