先に出たわれは身体を拭いて付いた花弁を落とし、そしてたたずんでしまう。
目の前に用意されているのはどうやって身に付けるのかも解らないもの。
(しょうさまがこんなの身につけてたけど、われ、どうやったらいいんだろう)
ずっと、身体が冷気を拾いそうなるほどに立っていると、
「どうした」
しょうさまがからからと扉を開け出てきた。
そして、出てくるなり、
「まだバラの香りがするな」
と言って、大きなふわふわの着物を身に付け、
「どこかに花びらがついているんだろう」
くんっと身体に鼻がつきそうなくらい顔をわれの胸元に持ってくる。とても大きな瞳と赤い口唇に見入ってしまう。
「ああ、反対側を向け」
逆らえずにしょうさまに背を向けると、背骨を細い指がたどっていって何かを掴んだ。
「ほら、付いていた。
それよりお前、俺よりも先に出たはずなのに何故服を着ない?」
着方が解りません。とはわれの口は声を出してくれない。
でも、しょうさまは、
「着方が解らなかったか」
こくこくと頷くと、
「浴槽で付いた薔薇の花もとれきれてないな。
お前は目が見えるのだからそこの髪で全身を写して確認すれば良い。
俺はそうは行かないからこのタオルと同じ布でできたばすろーぶを来て身体の水分を拭き取るんだ。
そこに鏡があるだろう?」
か、が、み?
「目の前にあるものが写る硝子だ。硝子の裏に水銀を塗ることで前に立った者の姿が写る。
その前に行って右手を硝子に付けてごらん、左右反対に見えるだろう。それが鏡の特徴だ。写っているのはお前の顔身体。
水に写る顔と一緒だろう?」
か、が、み。
かがみ、面白い。
水面に写ったのはわれだったんだと今はじめて解った。
んふふ。
ぺしぺし叩いても水面のように揺れることはないし、あ、しょうさまも写ってる。家具も、みんなみんな写ってる。
楽しくなって、くるくると回っていると、
「いい加減裸のままでは風邪を引く。
服の着方が解らなかったんだろう?俺のやる通りにやってみろ。
まず、これをこうやって履く、上半身は白のシャツが置いてあるはずがからそれに袖を通しボタン、これな、これをはめて、このズボンを履きこの中に裾を入れる。
そこに、蛇みたいな長い紐があるだろう?それをこの穴にぐるりと通して苦しくないところで動いてもズボンが落ちないところで小さな穴にこの金具を入れろ」
言われるがままに着物を着ると、目の前のしょうさまと同じ格好の色ちがいなった。
「これからはこの格好がお前のいつもになるから、ちゃんと覚えろよ。物覚えの悪いやつに用はない」
ズキンッ
それはつまり、しょうさまに飽きられたら捨てられるってことだ。
ちゃんと教えて貰ったことは一回で覚えなきゃ行けない。第一、質問すら出来ないわれだから。
われの覚悟を察したように、
「感の良い子供だな。ますます気に入った」
しょうさまが首もとに大きな紅い石の付いた紐を巻いた。
「これは、ひいひいお祖父様の形見だ。当主の印。
ひいお祖父様から直接俺が頂戴したもの。
お祖父様も、父も触ることすら許されなかった。
これを守り、次の世代に残すことが俺の役目、感の良いお前だ俺が見出だした者の良し悪しを見定めてくれ」
簡単に言ってはいるけれど、それはとても責任のある役目だと言うことはわれにも解る。
われは自然と跪き、【あれ】をしょうさまの手に握らせた。
誓います、と。