われの身に付けていた布と【あれ】とを抱き締め、しょうさまに続いて浴室から出ると、先程のおじいさんが立っていて、
「お夕飯の準備が整っております」
と深々と頭を下げた。
下を向いていたので不意に足を止めたしょうさまの背中にぶつかり慌てて荷物を拾う。
「この子供、俺付きの執事に仕上げたい。まだ山猿だ、礼儀も何も知らない。
そんな山猿を、と陰口を叩かれるのは彼の将来のためにもならないし俺としても不愉快だ。
どこに出してもおかしくないように俺が仕上げるまでは寝食を共にする。
食事は俺の部屋に運んでおけ」
「かしこまりました」
なんだろう?何て言っているのか意味が解らない。
でも、われはしょうさまのお側にいていいのだということだけは解った。
「こっちだ、ついてこい」
まるで見えているようかのようにすたすた歩くしょうさま。本当は、喋られないわれを憐れんで見えない振りをしているのでは?と錯覚を覚えてしまうほど。
「俺は、浴室と中庭、自分の部屋と食堂、後、ピアノが置いてある部屋にしか行かない。
後は、自室から大階段を降りて横付けされた馬車に乗るくらいかな。
その過程で邪魔なるようなものは一切おかないようにしているし、置かないよう言いつけている。
だからだよ、こんな訳もなく歩けるのは。初期の苦労の賜物だな。
最初は、あちらにぶつかりこちらにぶつかり、英国の紳士のくれた棒を振り回して歩いていた。
すてっきというらしいが、眼の見えない者の専用らしい。ホワイトコーン、白い杖なんだと。
嫌だろ、いかにも見えませんって言ってあわれを誘っているようだ。だから、死に物狂いで物の配置を覚えた。
やれば出きるもので、決まりごとさえ作ってしまえば1ヶ月もかからず覚えられたさ。
けれど、他人の屋敷ではそうは行かない。
だから、お前に助けて欲しい。お前、俺の眼になれ」
前を歩くしょうさまのお顔は見えなかったけれど、われは一生懸命、何度も何度も頷いた。
目の前がぼやける【泣く】という行為ですら知らないままで……。
「そうだ、お前に名を付けなければならないな」