だらだらしてみる。 -50ページ目

本読みたい

僕は狂っちゃいない。だから、ドクラ・マグラを読んでみよう。近いうちに、読んでみよう。どうなるだろうね。あらすじを少し読んだだけで、身震いがした。何故かは知らない。何か、楽しみでしょうがない。

僕の叔母は、ミステリ小説が好きだ。彼女はコレを読んだのだろうか。一度聞いてみよう。

彼女は父親の姉。50近くになるが、結婚はしていない。過去に何かあったらしく、そういう話題はタブーとなっているように思う。父親の家系には、どうやら重苦しい過去があるらしい。親族の内で、非業の死を遂げた人、病院から出られなかった人の割合が多い。直接それらの話を聞いたわけではなく、小さい頃に周りの雰囲気・空気を読み取っただけで感じた事であるから、僕の想像以上に不遇な家系なのかもしれない。逆の可能性もあるし、そうであって欲しいとも思うが。
それでも僕達は「普通の家庭」として暮らしてきたし、今もそうだ。ただ、何があったのか、どういう家系なのか、詳しく知らなければいけない時期に僕は来ているのではないか。


やめる。正直、怖い。怖いというか、なんだろう。「知らぬが仏」であるように思う。でも、全てを知る時がいつか来るんだろうな。
なんか嫌だわ。僕の思考が後ろ向きだからかな。
しかしノンフィクションだから怖い。帰ったとき、叔母と話をしよう。家の事について聞いてみよう。それが何であれ。20になったんだし、そろそろ色々話してくれてもいいと思う。


これで何も無かったら滑稽だけれど、それはそれで由。


何の話だっけ。ドグラ・マグラか?
ドグラ・マグラもだけど、死ぬ前に四大奇書も読んでみたいな。これはミステリ関係ないか?全然本読んでないね、僕。
ドグラ・マグラを読んだらしい友人、狂ってないから大丈夫だと思う。いや、でも、元々狂ってるような奴だ。失礼だな僕は。
しかしね、毎回「ドグラ・マグラ」って打つの面倒だよ。どう省略したらいいのか。

クトゥルーも読みたい。でも、長いんだよね?アレ。ヨグ・ソトホートだっけ。忘れた。


怪奇小説っていうジャンルが既に怪奇だと思うのは僕だけだろうか。


終わり。

占い

二/階/堂/コ/ムとかF/F/8/実/況とかで検索してきても、ここには何にも無いんだよね。ごめん。
スラッシュを入れたのは、こうすれば検索にかからなくなるらしいから。半角でいいのかな。区切ってあればそれでいいのかな。



占いってのはあんまり好きじゃないんだけど、あったらやってしまう。僕の中では「占い⊂オカルト」である。オカルト全般、あったら気になってしまう。
カバラと呼ばれる数秘術の占いをやってみた。この文章はオカシイ気がする。「カバラ=数秘術」な気がする。それとも、「カバラ数秘術」で一括りなんだろうか。
兎に角、やってみた。


参考:カバラ数秘術
   カバラ誕生数

ここに、結果を少し引用してみる。


カバラ数秘術より。
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◆あなたの誕生数
9 (深い人類愛と知恵の教師)
◆長所
包容力、奉仕、同情、自己犠牲的、情緒的、正義感、博識、敏感、芸術的
◆短所
複雑、分裂的、利己主義、虚栄心、強情、感傷的、不安定


あなたの2つの願望
◆外面的願望(子音数 9)
同情したい、奉仕したい、道徳的でありたい、支配されたい
◆内面的願望(母音数 3)
好きなことをしたい、自由でありたい、陽気になりたい
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カバラ誕生数より。
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誕生数9


誕生数9の人は複雑な性格で、焦点が定めにくい特徴を持つ。男性は女性的、女性は男性的である。本心を隠し芝居を演じる事ができる。


長所:  自己犠牲的、奉仕的、包容力がある。
短所:  複雑、分裂的、利己主義。
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僕はどうやらエゴイストらしい。間違ってはいない、と思う。しかし、自己犠牲的なエゴイストってのはどんなモノなんだろうか。
複雑、か。みんな複雑じゃないか。どういう事だよこれ。終生パッパラパーな人間なんていないだろう。
分裂的。やめてくれ。やめてくれよ。占いでまでそういう事を言われると、本当にそうじゃないかと思ってしまう。


『本心を隠し芝居を演じる事ができる。』ときましたか。本心が何なのかわからなくなっている人間に、そういう事を言うもんじゃないよ。チクショウ。


外面的願望から見るに、僕はマゾヒストなんだろうか。利己主義なマゾヒスト。とてつもなく性質が悪い。あ、でも「願望」なのか。
内面的願望。『陽気になりたい』ね。うん、なりたい。何だよ、僕の行く末が真っ暗みたいじゃないか。


僕は思い込みが強い。正しい意味では無いが、プラシーボ効果で生きてる部分がある。要するにに自己暗示か。自己暗示を侮ってはいけない。これは本当に凄い。良くも悪くも。
占いってのは、「誰にでもある一面に焦点を当てているだけのもの。」脳みそのどこかではそう思っている。けれど、別の部分では占いの結果を知らないうちに意識してしまう。思い込みが強い所為もあって、気付かない内に、意識下の部分にそれが潜入しているような気がする。ヘタに深いところに入っていく所為で、知らないうちに変わってしまう。困るんだよな、こういうの。


困ったな。脳みそにこの情報が入ってしまった。抜ける事無く、どこかに留まるんだろうな。9って数字、好きじゃないのに。


終わり。

ジ絵病

僕が言うのもおかしな話かもしれないけれど、悲観ってのは簡単に出来る。批判ってのも簡単に出来る。だからこそ、前向きな姿勢ってのを大事にしたらどうだろうか。

悪い所は簡単に見つかる。良い所ってのは、目を凝らさないと見えない事が多い。
なんでもそう。


批判するためには、その対象について誰よりも詳しくないとダメだ。未だに僕はそう思ってる。誰よりも詳しくなると、良い所も見えてくると思う。


パッと見で判断するのは凄く簡単で、楽だ。けど、中身は無い。中身が無いから、何にもならない。そこで、終わり。


「ここが悪いよ、おかしいよ。」そんな事ばかりだと、嫌になる。



何が言いたいのかよくわからん。わからんから終わる。


思い出した。全然関係ない話。

トップの青い部分を変えようとしていた。絵を頼んでいた。昨日、受け取った。どうしたものか。どう、変えたものか。全くのノープラン。ペイントで縮小って出来るのかな。横幅変えたりとか。今月中に出来るといいな。


続き物、今更ながら書いている。なんのこっちゃ、だろうけど。一ヶ月程前に書いたものの続き。しかしここは何ブログなんだろうな。

パッパラ

という事で運命複雑骨折。どんな入りかねこれは。参考:the back horn。


ヌルファンによる誰のためでもないプロレスの話をしてみようと思う。本当に、誰のためでもない。ただ鈴木みのるを初めてTVで見たときの得体の知れなさを思い出したから。でも、パンクラスの事をよく知らないので彼について書けない。

プロレスの話をすると、「なんだよ、あんなもんヤラセじゃないか」という人が多いと思う。心が狭い。楽しめばいいのに。僕個人としては、話の筋書きなんぞどうでもいいと思う。迫力のある、美しい技を見る事が、僕の中のプロレスの醍醐味。いや、技どうこうはあまり関係ないな。前知識無しで、試合が面白ければそれでいい、そういった観賞。


初めてTVで見たプロレスの試合は何だったろうか。忘れた。新日本の試合だったことは覚えている。あの頃はまだNOAHが無かった。新生前の全日本があった。でも全日は下火になっていて、新日が盛んだった様に思う。「三銃士」が騒がれた頃と、天山・小島・永田・中西が勢いを付ける中間あたりだろうか。近年の格闘技ブームが来る以前の話で、「プロレス、これからどうなるんだろう」みたいな空気を僕は感じていた。見だしたばかりなのに、だ。「絶対的な存在の不在」があるような感じがしていた。新日と言えばアントニオ猪木だけれど、彼がリングに上がる事はそうそうなかったし。いや、あったのかもしれないけれど、週に1度の「ワールドプロレスリング」ではあまり確認できなかった用に思う。

団体の組織構成もよくわかってない時、三銃士の一人、蝶野正洋がTeam2000を立ち上げた。団体の中の、ヒール団体。所謂"悪役"の集まり。そう、僕はNWOを知らない。全く知らない。それでも、分かり易い悪役が出来た事で、これから盛り上がるんじゃないかな、という期待が芽生えた。そういえば、T2000、誰がいたんだ?天山と小島?後は後藤とか?それに対抗する"正規軍"の面々の事は全く覚えていない。橋本も武藤も、ユニットとは無縁の存在だったように思う。蝶野の新日への貢献度は大きいな。STFと羽折固め、派手さは無い。はっきりいって無い。それでも、彼の代名詞になっている。一番の努力家なんじゃないだろうか。ヤクザキックで会場を沸かせることが出来るのも彼ぐらいじゃないのか。だから僕は、破壊王よりも、天才よりも、彼の事が好きだった。

橋本が小川直也にこっぴどく負けたあたりで、僕はプロレスを見なくなった。飽きたのだ。永田・中西vs天山・小島とか、面白くはあった。でも、沸かなかった。何故かは知らない。突然飽きた。元々、飽きっぽいのだ。それでもたまに見ていた気がする。ブルーウルフとか見た気がする。でも、よく覚えていない。よくわかんなくなったんだろう。プロレスってのは要するに"パターン"である。"お約束"である。試合を見るにつれそう思うようになって、実際、いつも同じ技を見ていて、飽きた。多分そういう事。試合毎の技のキレに注目するほど、どっぷりと浸かっていた訳ではなかったのだ。丁度、K-1やPRIDEが勢いを増していた事もあって、格闘技=プロレスではなくなって来ていたし。



今こうして書いているけれど、順序がよくわからなくなってきている。兎に角続きを書いてはみる。僕内第二次プロレスブームは、我が家のケーブルテレビ加入と共にやってきた。GAORA。



"登龍門JAPAN"というプロレス団体があった。あった、と言うか、今もあるようなものだけれど。現在は"ドラゴンゲート"という名前になっている筈だ。GAORAというケーブルテレビ局で、その団体の試合を放送していた。社長が空手出身の岡村某(名前を知らない。岡村社長。)で、校長がウルティモ・ドラゴン。メキシコでプロレスを学び、興行し、日本に逆輸入、といった形で立ち上げられた団体。だった気がする。あんまり僕を信じるな。見始めた頃は、立ち上がって2,3年程の小さな団体、であった気がする。大阪プロレス、みちのくプロレス程の認知度も無く、「インディーズ団体」の一つとしか見なされていなかった。実際、本屋で立ち読みするゴングや週プロに彼らの情報は殆んど載っていなかった。怒られるかも知れないが、僕は登龍門のような「中途半端にマイナー」なモノを好む傾向がある。それも伴って、彼らの試合をよく見るようになった。もちろん、GAORAで。

正直、彼らは団体としては貧弱だった。選手達の自己主張が少ない。オッサン風に言ってみれば、「今時の若者」な感じだった。だけど、面白かった。ルチャリブレというメキシカンスタイルのプロレスを、僕は初めて見た。選手達は小さい。軽い。彼らを見ても、"プロレスラー"という感じは受けなかった。だけど、彼らは小さなリングを大きく使う。走る、跳ぶ。新日の"ヘビー級"ばかり見ていた僕にとって、彼らのしているプロレスは全く新しいものだった。「プロレスって何なんだ」と少し考え込んでしまった。でも、そんな事はすぐに忘れ、登龍門のする"プロレス"を楽しむ事にした。



どうしよう。既に長いんだけど、もっと長くなる。うん、困った。墓石フィーバー。

多分ではあるけれど、この頃のGAORAではWWEの試合も放送していた。WWE?それとも解体前のWCW?ともかく、リック・フレアーが社長だった団体。スコット・スタイナーとかいた。気がする。HHHがいた。ダイアモンド・ダラス・ペイジがいた。余談ではあるが、ペイジは今アメリカかメキシコの団体でレスラーを続けている。リングが六角形の団体。TVを垂れ流していただけなので、団体名を覚えていない。ミラノ達がやっていた団体では無い事は確か。あれはもう無いのか?登龍門に吸収?


今日はここで切っておこう。
生半可のクセに、結構書いてしまった。内容は無い。登龍門の事、K-DOJOの事、NOAHの事。覚えていたらその内書いてみよう。


しかしアレだ。懐古ってのはアレだ。一気に老け込む気がする。


終わり。

まだまだ

いい事なんてあるわけないよ。「いい事」って思わないと、それはただの出来事だもの。自分。結局、自分。自分がどう思ってるんか、それしかない。見ようとしなければ、何にも見えるわけ無い。聴こうとしなければ、何にも聴こえない。自分が一番大事。それでいい。自分って何やろ。それでいい。立ち上がる必要なんて別に無い。寝転んだまんまでいい。寝返り打って、天井見たらいい。空を見たらいい。それでいい。ゆっくりすればいい。時間は限られてるけど、そうやって使うのも悪くないと思うよ。全部嫌やと思うなら、それでもいい。感情が途切れてないのなら、まだまだ大丈夫。書いてて悲しくなってきた。辛くなってきた。だからまだ大丈夫。死にたいと思えるのなら大丈夫。水がおいしい。大丈夫。心配しなくていい。こんなもんだよ。ゴス読もう。もう一回読もう。うん。そうしよう。うん。そうしよう。音楽を聴こう。うん。そうしよう。まだまだ、ほんの小さな「したい事」、沢山あるよ。ゆっくりしよう。うん。ツマラナイ事をたくさんしてやろう。そうしよう。